【2話】モーニングルーティンでドキドキしてみた!

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【2話】モーニングルーティンでドキドキしてみた!

<side Yuma>  人気カップルユーチューバーの朝は早い。  この日の起床は、なんと午前5時。 「んん……」  枕の横で鳴り響くスマホのアラームを止め、どうにか俺はベッドから起き上がる。  コンコン。 「ゆうまー、起きた?」 「……ふぁい」  早朝なのに綺麗に通る、まおさんの声をドア越しに聞いて、ようやく意識が冴えてきた。 (好きな女子の声、効果はてきめんだ! 的な……)  考えながら、自分の部屋のドアを開ける。 「まおさん、いくらモーニングルーティンの撮影だからって、ほんとに朝撮らなくても……」 「甘い!」 「へ?」 「こういうのは、リアルさが大事なの。光の射し込み方で『昼に撮ってる』って分析して来る人もいるし」 「そっかぁ……」  やっぱり、まおさんはすごい。色んなこと考えて、動画作りに取り組んでる。俺はと言えば……そんな真剣で努力家なまおさんのことが大好きで、ついてくのに必死。 「ベッドメイキングしといたから、準備できたら寝室で待ってて」  ただ、大好きだからこそ……ドキッとするようなこういう一言を何気なく言うの、ほんとやめてほしい。 (心臓に悪い……)  俺たち『ゆうまお』は、リアルに付き合って同棲してるカップルユーチューバーってことになってるけど、実際は『ビジネスカップル』(プラス)俺の片思いだ。  俺は軽くマウスウォッシュだけ使ってから、いつもは入らないまおさんの寝室で定点カメラをRec状態にする。 「これでOK、と」 「あ、ゆうまありがと! 始めよっか」  部屋に入ってきたまおさんは、軽やかにカーディガンをヘッドレストに脱ぎ捨て、女子力高めの部屋着姿でベッドに寝転がった。 「う、ういっス」  破壊力満点の画に動揺しつつも、俺はポーカーフェイスを装ってその横に入り込む。  今日は、寝起きが悪い彼を雑に彼女が起こす、というところが台本のスタート。  すっかり覚めてしまった目をもう一度閉じて、俺は寝たふりをした。  眠り方が嘘くさい、とダメ出しされて2回ほどの撮り直しはあったものの、起床と歯磨きまでは撮影が完了し、次はリビングでメイク中のまおさんを眺めるシーン。 「女子って大変だなー」  台本と言っても、特にセリフが書かれているわけではなく、単に何をするかが箇条書きにされているだけ。当然、喋ることは全部アドリブになるけど、そこは思ったことを素直に言っていくだけだから、そんなに難しくはない。 「メイクってめんどいときもあるけど、まあまあ楽しいんだよ?」 「そんなもん?」 「うん」  まおさんは元々長いまつげに、マスカラを塗っていく。 「しなくても可愛いのになぁ」  俺がぽつりと零すと、まおさんは照れたように微笑んだ。 「ありがと」 (ほら、やっぱり)  メイクなんてしなくたって、この笑顔だけでまおさんは十分可愛い。  動画のデータを編集マンの二瓶さんに転送して、俺たちはそれぞれの大学へ向かった。  広い講義室では、やけに目立つピンク髪の同級生──一ノ瀬柊が手を振っている。 「ちょりーす、ゆーま」 「柊、はよっす」  去年の冬辺りから『ゆうまお』が少し有名になって、同級生がなんとなく距離を取るようになった。けど、チャラ男の柊だけはそんなこともなく、なぜかウマも合うので、こうしてよく一緒に授業を受けている。 「ペアルックの動画、見たぜ〜。相変わらず仲良しじゃん。いーかげん告ればぁ?」  ピロリン。  噂をすれば、というように、まおさんからのメッセージが入った。 『メイクしなくても可愛いってセリフ、めっちゃ良かった! カップル感出てたよ』  文末には、親指を立てた絵文字が3つ。俺はその画面を柊に向ける。 「仲良しなのは、動画だからだよ……」 「うっわ。本音がセリフ扱い〜の脈なしMAX! おつかれサマンサ〜」 「もーやだ。朝早かったし、寝る……」 「今なら、出欠んときだけ起こしてあげちゃうサービス中だけど?」 「よろしく……」  硬い机に突っ伏して、ため息と共に睡魔へ身を委ねる。ちなみに柊は出欠のときに寝ていて、起こしてくれなかった。 <side Mao>  大学の昼休み。私、藤城茉桜は女友だち3人と学食でランチを食べていた。 「ねぇねぇ、茉桜! あのペアルック動画のTシャツ、売り切れてるらしいよ」 「えっ、そうなの? 早いな」 「2人、めっちゃ似合ってたもんね〜」 「てかさ、ゆうまくんって撮影のとき以外も優しいの?」 「うん、ゆうまはすっごく優しいよ。理想の彼氏!」  正確には彼氏じゃなくて、ビジネス上のパートナーなんだけど……友だちには言わないと決めていた。 (友だちのことは信じてても、話してるのを聞かれるってこともあるし)  念には念を。なまじ有名になりつつあるだけに、気をつけないとね。 「いいな〜、茉桜は」 「私、年下彼氏はナシって決めつけてたけど、ゆうまくんと茉桜見てたら、アリかもって思えてきたんだよね」 「そうなんだ! なんか嬉しいな」 (……大学、通ってて良かった)  正直、しんどいときもある。でも、こうやって生の感想が聞けるのは、かなりありがたい。  ごはんを食べながら喋っていると、スマホが振動した。メッセージは、マネージャーの三条史子さんから。 『モーニングルーティンの動画、現在編集中。授業が終わったら、ナレーション録りに事務所へ来て。なかなか良い出来よ。100万再生狙えるかもね』 (よっっっし!!!)  私は心の中で快哉を叫ぶ。と同時に、唇の端だけで小さくほくそ笑んだ。 (……次は、ナイトルーティンだな) つづく。
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