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【5話】相方との出会いを語ってみる!(1)
<side Mao>
「まおさん、史子さんからのメッセ見ましたー?」
うららかな春の陽射しに似合う、のんびりしたゆうまの呼び声に振り返る。
キッチンに居た私はお揃いのマグカップにラテを淹れ、ゆうまの分も持ってリビングに戻った。
「見た見た。次の動画の企画でしょ? 『ついに語る!ゆうまおは運命の出逢いとは!?』みたいなのどうかって」
「それっす」
ゆうまの隣に腰を下ろし、一緒にパソコン画面を覗き込む。
カップルチャンネルなら避けては通れぬこの企画。コメント欄にもよく「2人の出逢いを知りたいです!」なんて質問届くしね。再生数は確実に伸びるだろう。
「鉄板だけど、私たちの場合はさ……」
「まあ、そのまんま話すわけにはいかないっすよねぇ」
思わず目を合わせて苦笑い。本物のカップルならいざ知らず、ビジネスカップルの私たちの出逢いをありのまま語ったら炎上必至だ。
でも……それなりに、運命的だったと、私は思っている。
──それは、ちょうど1年前のお話。
私とゆうまの、出逢いの話。
大学2年生、春。私は講義室の一番前の席に座り、かじりつくようにノートをとっていた。そして講義が終わると同時に立ち上がり、バタバタと荷物をまとめる。
「あの、藤城さん! 今日よかったらこの後、近くにできたカフェにでも……」
「ごめんなさい、急いでて!! また明日!」
顔もよく見ずに断ってしまったが、たぶんよく隣の席に座ってる同級生の男子だ。すまん、名前は忘れた。
「また明日って、昨日も一昨日も同じこと言って……! 行っちゃったよ……」
大学構内を猛ダッシュで走り抜け、定期を叩きつけるように改札をくぐって電車に乗る。
(間に合ったぁ!)
春とはいえ走れば暑い。Tシャツの胸元をぱたぱたと扇ぎながら、すかさずスマホをチェックする。色々と確かめなければいけないが、まずは今日入るはずのバイトのお給料。ネットバンキングで入金されてることを確認して、ついでに残高もチェック。
(まだまだ、頑張らないといけないなぁ)
思わずため息が漏れる。けれど落ち込んでる暇なんてない。新宿駅で降りてバイト先へ走っている途中──ふと“歌舞伎町”の字が目に入る。
(……いや、だめだめだめ! ばあちゃんとじいちゃんを泣かせるのだけは!)
家で待ってる優しい2人の顔を思い浮かべて、再び私は走り出す。大学に通ってるのも2人がそうしてほしいと言ったからだ。だからいくらお金が必要でも、勉強する時間も確保できなくなるのは、避けなければならない。何よりやっぱちょっと怖い。
(時給良くてがんがんシフト入れる流行りのカフェ店員、がちょうどいいよね。うん)
「藤城さん、休憩いっちゃってー」
「はぁい」
働き出して数時間。先輩に返事をしてバッグヤードに入り、エプロンを外して、ここでもまずはスマホをチェック。立ち上げたのは、素人が動画を生配信できるアプリの16ライブ。アーカイブの再生数とフォロワーの数を見てみるも……
「うーん、伸びないか。こっちもまだまだだなぁ」
16ライブへの導線のために、インスタもティックトックもマメに更新している。そこそ
こフォロワーも増えてきて、メイク動画や簡単に映えるお料理動画なんかはたまにバズる。
(でも、ウケてるのは女の子なのよね。嬉しい、嬉しいけど……!)
投げ銭には繋がりにくい。悔しいけど世の中って、そんなもん。
(儲かるって聞いて配信始めてみたけど、内職のバイトとか探した方が効率いいかなぁ)
まかないにもらったサンドウィッチを頬張りながら、バイト探しのアプリのダウンロードをしようとして、ふと気づく。
「ん? なんだろ、このDM」
それはティックトックのアカウントに届いていた。
『まお様 はじめまして。株式会社PARTYYYの三条史子と申します。』
他のフォロワーや通りすがりのからかい目的のDMとは、明らかに違うこの丁寧な書き出し。一体何事だろう、とすぐに会社名をコピペして検索をかけた。
「えーっと、株式会社PARTYYYとは。人気インフルエンサーを複数抱えるタレント事務所……うそ、スカウトってこと!?!?」
<side Yuma>
「なんっで、俺はモテないんだ!?」
華の大学1年生。入学したての新歓やらなんやらの浮かれた空気も、少し落ち着いた頃。
大学デビューを夢見てた俺は、案外地味に過ぎていく日々に、どこか焦りを感じていた。
「とりま、クラブいっとく? チャンマリときょんちー来るっつーしぃ」
できたばかりの友人、チャラいを具現化したようなピンク頭の男・柊はスマホ片手に俺の肩に肘を載せて寄りかかってきた。
「いや、やめとく……。金無い」
「はあ? つか金無いから女寄らないんじゃね? これじゃね? オレ天才」
「うざ。東京出身実家暮らしに、田舎出身上京組の苦学生の気持ちはわかんねーよ」
「金ねーのは、見栄張ってたけーブランド服買うからっしょ」
「ダサい男もモテねーだろ!?」
「だからぁ、そんで金ナシ男の非モテになってんじゃ、ほ……ほ……本田ツバサ的な」
「本末転倒」
「それそれ〜」
まさかこの先4年間、こいつとこんな馬鹿げた会話を繰りかえすはめになるんだろうか。嫌だ!! それだけは避けたい。せっかく東京に出てきたんだから──“何か”したい。
「軽く稼げてモテるバイトとか、ないかなー……」
「あれじゃん? ユーチューバー!」
「ユーチューバー……」
『オレやっぱ天才?』とでも言いた気な、鬱陶しい柊のドヤ顔は置いておいて。
俺の中には衝撃が走っていた。その手があったか!
「新道佑真くん。大学1年生か、学校近い?」
「あ、はい。山手線ですぐっす」
善は急げとばかりに、俺は講義終わりに有名なユーチューバーの事務所の門を叩いた。
検索したらちょうど『積極採用中!』て募集ページが出てきたし、行くっきゃないでしょってね。
「週に何日くらい入れる? 今、結構人手足りてなくて、できれば多目に入ってほしいの」
「週に何本動画あげられるかってことっすか? やったことないからわかんないですけど、毎日投稿? とかがんばれたらいいなって思ってます!」
意気込んでぐっと拳を握る。すると目の前の眼鏡美人なスタッフさんは、何故か申し訳なさそうに眉を下げた。
「あーっと……何か勘違いしてたらごめんね? 今君が受けてるのは、タレントオーディションじゃなくて、事務員バイトの面接よ?」
「……え?」
「はああぁぁ……」
でっかいため息つきながら、俺は肩を落として事務所を後にした。
勢い任せで行動するのは悪い癖。だからと言って、さすがに確認不足だった。
(あのお姉さんにも、迷惑かけちゃったなぁ)
申し訳なさでいっぱいになりながら、帰りの電車ルート調べようとポケットに手を入れて、はたと止まる。スマホ、置いてきた。
(俺、マジでダサい)
仕方なくもう一度エレベーターに乗り込み、15階のボタンを押す。なんでこう、東京の会社ってのは高いビルの中にあるんだよ。
「すみません、乗ります」
ドアが閉まる寸前、駆け足で1人の女の子が飛び込んで来た。
(うわ、かわい……高校生かな)
目が合ったので会釈をしてみる。ぺこり、と会釈が返された。なんかいい匂いする。ささくれていた心がほんのちょっぴり和んだ。
ガコン、とエレベーターが揺れる。
その間にさっと小さな鏡を取り出し、前髪を直す仕草が小動物みたい。ちらちらと、なんとなく横目に彼女を見ていると、ふいに小さな唇が開かれる。
「あの、行き先、15階ですよね」
「あ、はい。同じっすか?」
「はい。ボタン、押されてますよね」
「押してありますね」
「……動いてます?」
彼女の言葉にハッとする。エレベーターのドアが閉まってからしばらく経つが、全く15階にたどり着く気配はない。一度揺れて以降、動いているような振動もなかった。
横で彼女が大きな瞳を戸惑わせながら、細い指先で『開』を押す。何度も押す。
でも、エレベーターはうんともすんとも言わなかった。
(うっそだろ……)
「俺ら、閉じ込められた……?」
つづく。
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