【6話】相方との出会いを語ってみる!(2)

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【6話】相方との出会いを語ってみる!(2)

<side Mao>  アポの時間まであと5分。  エレベーターで15階まで昇って、受付を済ませればちょうどいいだろう。こういうのは早く着きすぎてもマナー違反だって言うし。  でも……まさか、エレベーターが止まるなんて思わないじゃない。 「俺ら、閉じ込められた……?」 「みたいですね……」  乗り合わせた男の子は、まさしく頭が真っ白ってな具合に愕然としている。染めたばかりっぽい明るめの髪に、海外アーティストがMVで着て話題になったパーカー……PARTYYY所属のインフルエンサーかな。だとしたら先輩だ。  私はひとまず、三条さんにDMで事情を説明し謝罪のメッセージを送った。そしてエレベーターの非常通話ボタンを長押し。すぐに管理室に繋がった。 『申し訳ありません、さっきの地震でシステムトラブルが起こったようで……すぐに復旧します。15分ほどお待ちいただけますか』 「わかりました。ありがとうございます」  ああ、最初にエレベーターの管理室に連絡して、どのくらい遅れるかわかってから三条さんにメッセ送ればよかった。  大した違いはないってわかっていても、ちょっとしたことで不安が膨れ上がる。 (だってこんな状況、さすがにはじめてだもん!)  もう一度連絡するべきか、と焦ってスマホを握った瞬間── 「よかったね」 「え?」  隣を見上げると、彼はにこっと笑っていた。 「や、15分ならすぐだなって。ていうか、ありがとう。連絡してくれて。俺びっくりしちゃってさー、地震とか気づかなかった!」 「……そうですね、私も、びっくりしました」 「だよねー! てかさ、もっとオンボロなエレベーターならわかるけど、こんな立派なとこで止まる?」 「このビル、できたばかりらしいです。だからまだ色々、追いついていないのかも」 「へー、できたばっかなんだ。どーりで綺麗だね」 (この子……いい子だ……!)  たかが15分。されど15分。トラブル下とはいえ、初対面の人間とふたりきりって普通なら結構きつい時間だ。  それを気遣ってくれているのか天然なのかはわからないけど、テンポよく明るく話してくれるのはすごくありがたい。何より、初対面とは思えないほど話しやすかった。 「まおさん……? ああ、よかった! 災難でしたね、大丈夫でしたか?」  15階に着くとすぐに、タイトスカートの似合う眼鏡の美人OLが駆け寄ってくる。心配してくれているその表情にほっとした。恐らく、この人が三条史子さんだろう。 「あ、新道くんが一緒だったのか。平気? 怖かったでしょ」 「いえ! てかすみません、俺うっかりスマホ置いてっちゃって」 (しんどうくん、か)  見知った仲なのだろう、フレンドリーに2人は会話を交わし、彼が忘れていったらしいスマホを三条さんが手渡している。 「新道くん、うっかり直しなね」 「はーい。ありがとうございました!」  その様子を一通り眺めてしまっていたが、はっとして私は背筋を伸ばした。 「あの! すみません、ご挨拶遅れてしまって……まおという名前で活動している藤城茉桜です。今日は約束の時間に遅れてしまい申し訳ありません」  できるだけ礼儀正しく、と心の中で唱えながら頭を下げる。 「かっこいー……」 「え?」  聞こえてきたのは、三条さんではなく、隣に立つ彼の声だった。 「あ、いや、礼儀とかちゃんとしてんのかっこいいなって。若いのに? 俺、見習わないとって思っちゃった」 「……ありがとう」  頭を上げながら、お礼を告げる。彼のおかげで、気づかず強張っていた表情がほどけた気がした。  照れたように頬をかく彼と見つめあって数秒、三条さんが神妙な面持ちで口を開く。 「あの……もし良ければなんだけど。新道くんも、一緒に話聞いていかない?」 「まずは、まおさん。ティックトックとインスタ、16ライブも拝見させていただきました」  案内された会議室で、私と新道くんは三条さんと向かい合って座った。カラフルに彩られた壁が目に眩しい。 「ビジュアルももちろんだけど、声もいいなって。女の子の憧れの先輩って感じで、さっぱりしたテンションも心地いい」 「あ、ありがとうございます……」 「なので、ぜひうちの事務所に所属してほしいと思っています。具体的にはインフルエンサーとして、今のSNSも続けながらユーチューバーとして活動してもらえないか、と」 「ユーチューバーですか?」  思いがけない言葉に、つい聞き返してしまった。 「ユーチューバーは、競争が激しいので私には難しいと思ってました」  広告収入や配信の投げ銭、いずれもお金になるまでが恐ろしく遠い。 (それじゃ、ダメなんだよ) 「うん。正直、今参入してすぐに伸びるほど甘くはないです。だからこそ、弊社と組んで少しずつ知名度を上げられれば……そう考えていたんだけど」  三条さんは、ちらりと所在無さげにしている新道くんに視線を投げた。 「カップルチャンネルって、知ってる?」  私と新道くんは同時に頷く。有名なチャンネルならいくつか見たことがある。 「実は弊社に所属していたカップルユーチューバーが、解散して離籍したばかりなの。……本物のカップルはこれだからダメね。簡単にくっついたり別れたり浮気したり、何調子乗ってるんだか」  三条さん、本音が漏れてますよ。 「でも個人では受けられない企業案件も回ってくるから、うちとしてはカップルチャンネルは一枠欲しい。そこで……絶対に別れない“ビジネスカップルユーチューバー”ならどうかなって、思いついちゃったのよねぇ」 「つまり……?」 「まおさん、新道くん。2人でカップルユーチューバーになりませんか?」  きょとん。今の私はそんな顔をしていると思う。 「2人のビジュアルバランス、すごくいいのよ。女子の憧れ彼女に、年下わんこ彼氏。雰囲気も見させてもらったけど、初対面とは思えない」  そうかな? と、彼も思ったのだろう。  隣を見ると私と同じような顔をした彼と、目が合った。 「離籍した2人が使ってた部屋が空いてるから、そこをスタジオにしてちょうだい。なんなら住んでもいいわよ、目黒で立地もいいし」 「……住んでもいいって」 「もちろん、家賃光熱費は経費。会社で持ちます。住んでくれた方が、セキュリティ面も安心だし」  目黒のマンションって家賃いくら? わかんないけど、埼玉の実家から大学に通うより絶対いいよね。交通費は確実に浮くし、通学時間短縮できたらバイトのシフトどれだけ増やせる? それにこの話まとめると、私1人分の生活費、会社が払ってくれるってことだよね? 「や、俺と住むってそれってつまり同棲……」 「あの、光熱費もタダってことはネット代も……?」 「もちろん。スマホも最新のものを渡します。あ、あとPCとカメラも支給するから安心してね。編集もうちでやるから……」 「ねえ、そもそも俺さっき面接で断られたばっか……あれ俺の声聞こえてる?」 「学業優先でも問題はありませんか?」 「ええ、当然です」  頭の中で高速で動いていた損得そろばんが、最高にいいお値段を弾き出した。 「住みます! ……じゃない、やります! やらせてください、ビジネスカップルユーチューバー!!」 <side Yuma>  どうしてこうなった?  俺は目黒のマンションの一室で、段ボールに囲まれながら首を傾げた。 「すごーい、ねえ、外見て? 東京タワーとスカイツリーとレインボーブリッジが同時に見えるよ。このマンションはんぱない」 「そっすね」  目の前ではしゃいでくるくる動いているのは、ほんの数日前に出逢ったばかりの一つ歳上のお姉さん。  彼女は一通りドアや棚を開けてみた後、改まったように俺の前に立ち、上目遣いに見上げて手を合わせた。 「ごめん、えーっと、名前教えてもらっていい?」 「……え?」 「ほら、これからカップルやってくなら、下の名前で呼ぶべきかなー……なんて」 「佑真っす。新道、佑真」 「ゆうまね。私はまお。藤城茉桜、よろしく」  差し出された手を握り、軽く握手を交わす。すぐにその体温は離れていき、彼女、まおさんはキッチンに向かい備え付けの冷蔵庫を開いた。 「おなか空いたよねー。なんか食べよっか」 (なんでこの人、こんな順応してんの? つーか、いくら仕事でも名前も知らない男と即同居決めるって色々大丈夫か!?)  ここに来るまでの経緯を、頭の中でプレイバック。  ユーチューバーデビュー目指して事務所に行ったら、求人あったのは事務員バイトで俺ショック。さらにエレベーターでトラブったけど、超美少女と一緒に話せてラッキー! しかもカップルユーチューバーとしてなら雇ってくれるって! 職場はこちらっ。  (うん、秒。トントン拍子とはまさにこの事)  何故かものすごい勢いで話に食いついたまおさんに流され、実家の両親に話したら爆笑されながらOK出され、頭が追いつかないまま俺はポツンと新居に立っている。 「あ、さすが三条さん。調理道具も食料も揃ってるー助かるー」  ぼけっと突っ立っている間にも、何やらまおさんが動いている気配がする (そもそも俺、モテようとしてユーチューバー目指したんじゃなかったっけ?)  なのに、よりによってカップルユーチューバーとしてデビューすることになるとは。 (本末転倒、だ)  思わず天井を扇ぐ。  何もする気も起きなかったが、ふとキッチンから漂ってきた美味しい香りにぐぅと腹の音が鳴る。 「チャーハン?」  カウンターからキッチンを覗くと、まおさんは慣れた様子でフライパンで米と卵を炒めていた。 「うん。荷解きするにもまずは腹ごしらえからってね。はい、できた」  かちりと火を止め、いつの間にか用意されていた2枚の皿にチャーハンを盛りつける。手際よく進む昼食の準備を眺めていると、まおさんがふと手をとめた。 「もしかして、お腹空いてなかった?」 「いえ、いただきます! ありがとうございます」 「召し上がれー」 (ここまでしてもらっておいて、何もしないのかっこわるいよな)  率先してお茶を淹れ、前の住人が残していったテーブルに皿とスプーンを運ぶ。向き合って座り、揃って『いただきます』をして、早速一口。 「うっま」  ぽろっと感想が零れた。え? うまい。 「よかった! ごはんレンチンだし、卵に混ぜたの昆布つゆだからどうかなって思ってたんだ」 「昆布つゆ?」 「そ。本当は出汁ちゃんと取った方がおいしいんだけどねー」  まおさんは俺の反応を確かめてから、自分の分も食べ始める。 (この短時間で、こんなうまい飯ぱっと出せるって……まおさんすげえ)  素直に感嘆しながら、まおさんを見つめると── 「うん! おいしい、上出来」 「……っ、はい、うまいっす」  可愛い。なんだそれ、なんだその『おいしい!』っていう笑顔。可愛いな!?  トラブルの対応が早いところも、礼儀正しいところも、大胆な決断しちゃうところも、かっこいい。けど何より、この人、可愛い。 (……とりあえず、やってみますか。カップルユーチューバー)    ──それから1年。  俺とまおさんは、ずっと一緒に暮らしている。 「エレベーターのくだりだけ使って、話盛ろっか」 「おけっす」  1年前の出来事を整理し終えて、企画の方向性は固まった。 「でもただ話すだけじゃバズんないよね。再現VTR風に演技にも挑戦……とかしてみる?」 「あ、それいい。NG集とかも最後につけて」 「いいね! その路線で史子さんに相談しよう」  テンションあがったまおさんの肩が、とん、と俺の腕にぶつかる。触れた箇所が妙に熱くてくすぐったい。でも離れがたくて、俺はそのまま寄りかかってくるまおさんを受け止める。  とりあえずで始まった、この生活。  まさか、ここまでガチに片想いこじらせるはめになるとは思わなかったけど。  好きな人が隣にいるこの生活──当分手放す気は、ない。 つづく。
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