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【8話】気まずい相方とナイトルーティンやってみた!
<side Yuma>
その日、1限の授業用にセットした目覚ましより早く俺を叩き起こしたのは、柊からのテレビ電話だった。
「……なんでテレビ電話なんだよ」
半分寝ぼけながら出ると、柊の全開笑顔と声量で迎えられる。
『wi-fiあればタダだからに決まってんじゃ〜ん。どんな顔してんのか興味しんしん丸だしぃ。つーか意味深な寝不足ぅ? マジこれキテんなこの!』
(朝からテンション高……)
眠気覚ましにコーヒーでも飲まないと、付き合いきれない。俺はパジャマのまま部屋を出て、キッチンに向かった。
その間も柊は、『ヤバタクスゼイアン』だの『よいちょまる』だのとわーわー叫んで踊っている。
(柊の方がユーチューバー向いてたりして)
画面の向こうにいる柊をよそにそんなことを考えて、コーヒーを一口すすってから返事をした。
「で、何?」
『だーかーらー、ついにゴールインおめでと三三七拍子っつってんの!』
「ゴールイン……?」
してない。むしろ、まおさんは最近──
『動画でえちえちなことイタしてたじゃんよ!』
「は!?!?!?」
してない! あくまで放送出来るようなことしか……
まだフゥ〜とかヒュ〜とか言ってる柊が映るスマホを置く。
それから、リビングのテーブルに置きっぱなしのタブレットでゆうまおチャンネルの動画リストを開いた。
「ギャ────!!」
そこにあったのは……まおさんを抱きすくめる俺(のサムネイル)。
昨日の夜中にアップされた最新動画なのに、もう高評価が7千以上ついている。
「どうしたの、ゆうま!」
叫び声に驚いて、まおさんが自分の部屋から飛び出して来た。
「いや、ちょっと……あのこれ」
「なんだ、それかぁ」
「まおさん、その……」
「ごめん、バイト朝番だからもう出ないと。いってきます」
「あ……行ってらっしゃい」
パタパタと軽やかな足音が玄関の方へ消えていくのを、俺は中途半端に手を挙げたまま見送る。
『あれれ〜? おかしいぞ〜?』
「何が」
『イチャラブな夜をすごしたはずなのに、あんなにそっけないのありえなくなーい? なくなくな〜い?』
……そう。まおさんは、最近妙にそっけない。
「で、どうしてそういうときに限ってこれなんだよ……」
「ゆうま、どうかした?」
大学へ行く前に動画をチェックすると、そこには酒に酔って『ずっと一緒がいい…──好き』とかのたまいながら、まおさんを抱きしめてる俺がいて。
しかもその甘々な2人が大好評ということで、その路線をプッシュしたい史子さんからかかった緊急収録指令は……『ラブラブナイトルーティン動画』だった。
(今、まおさんとイチャイチャするのはナシだろ……!)
そっけなくされてるのは、警戒心の表れなんだろうし。
でも、台本には容赦なく『一緒にお風呂〜スキンケア&ヘアケア紹介、彼の髪を乾かしてあげて、ラブラブ歯磨きタイムからのピロートーク』と書かれている。
「まおさん、お風呂ってどうするんすか……?」
まさか、モザイク処理ってわけにもいかない。
「うーん、他のユーチューバーさんは服着たままとか全身タイツとかでやってるけど、やっぱりちょっと面白い画になってるんだよね」
ってことは、もしかしてタオル1枚とか……!? いや、そんなまおさんの姿を全世界に発信するわけには──
「だから、前に友だちから教えてもらった『パレオをワンピースみたいに着る』って技でやってみようかなと」
「ワン、ピース?」
ありったけの夢が、かき消された。
けど、世の男どもにまおさんの柔肌を見られるくらいなら、パレオワンピ上等だ!
「だめかな? 今年パレオ流行ってるし、可愛いと思っ……」
「いいと思います!」
食い気味に同意して……さっそく、撮影してみることになった。
「『恋人とイチャイチャするだけの簡単なお仕事中!』」
「『ども! カップルユーチューバーの、ゆうまおです!』」
「さて今日はナイトルーティンということで、お風呂に入ってまーす」
ちなみに、バスタブには俺の強い希望で濁り湯系の入浴剤を入れた。
「毎日一緒に入ってるっていうカップルユーチューバーさんも多いみたいだね」
「うちはたまにかなぁ。私がこういう、いい香りの入浴剤買ってきたときとか!」
「あー、うん。そう」
(やべー、身体熱い……)
お湯の温度は38度。収録が多少長引いてもいいように、ぬるめにしてある。でも小さなバスタブの中で、水着とパレオっていう今までで一番薄着のまおさんと向き合っていれば、血の巡りだって加速するに決まっていた。
「ゆうま、大丈夫? もうのぼせた?」
「全然平気!」
「でも、なんかボーっとしてるし」
「お、お風呂だからリラックスしちゃってさ」
「そっか」
まおさんが、ホッとしたように笑う。
(ちゃんと集中しないと、心配掛けちゃうな)
「ね、ゆうま。そっち行ってもいい?」
「え!?」
「向かい合ってるのってちょっと距離あるし、もっとラブラブ感出さないと」
「で、ですよねー」
「こんな感じとかどうかな……?」
まおさんは身体の向きを変えて……俺の胸元に、背中を預けるようにして座り直した。
(……っ)
ねぇ、まおさん。俺のこと警戒してるんじゃないの?
それとも、俺は本当に単なるビジネスパートナーで意識してないから、こういうこと平気で出来ちゃうの?
考えは全然まとまらないまま──気付くと、俺はまおさんの身体を両腕でぎゅっと包み込んでいた。
「ゆ、ゆうま……?」
「この前の、覚えてないの?」
「え?」
「俺、好きって言ったじゃん。伝わってない?」
「……」
ちゃぷん、と水音が響く。
じっと見つめたまおさんの耳が、ちょっと赤くなってるように見えるのは、俺の思い込みだろうか。
「──今の……カップル感あるー!」
「へ」
自分の想いに浸りすぎて忘れてた。まおさんは収録中、カップル感のことしか頭にないんだった……
「この前の動画といい、腕上げたねゆうま! お風呂はこれでバッチリかな〜。私、先に出て部屋着着てくるから!」
「えっ、あっ、はい」
キャッキャとはしゃぎながらバスルームを出ていくまおさんの背中を、俺はまた、なすすべなく見送った。
(まぁ……まおさんが楽しそうなら、それでいいか)
警戒されたり、心配されたりするより──今は、笑顔のまおさんと一緒にいたい。
<side Mao>
バスルームを出た私は、洗面台の鏡にかけ寄った。
「やば、めちゃくちゃほっぺ赤い……」
ふかふかのタオルを手に録り、赤くなった顔を隠すように包み込む。
「てゆか、腕上げすぎだよゆうま……」
タオルの中で声がくぐもる。
頭の中では、1年以上前に史子さんから言われた言葉がリフレインしていた。
『本物のカップルは、これだからダメね』
ドキドキなんて、しちゃいけない。
私たちは、あくまでビジネスカップルで。
どれだけゆうまが上手く演じてきたとしても、私のドキドキが本物になれば、今ある絶妙なバランスは簡単に崩れてしまう。
(それは、ダメだ)
解散なんてことに、ならないためにも。
私は、ゆうまを好きになっちゃいけないんだ────…
つづく。
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