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前書き
私は車を走らせる。ロイヤルホテルまで食パンを買うために愛車のクラウンに乗りこみ、高速を飛ばす。
車に乗ると癖でFM802をかける。タイミングが良ければ流行りの曲が流れて気分がいい。悪いとラジオDJがひたすらどうでもいい話をしていたりするので、お気に入りの宇多田ヒカルのCDに切り替える。
ファーストラブが一番好きだ。苦くて切ない香り、私はもう忘れてしまっただろうか。
DJが視聴者からの悩み相談に応え、曲のリクエストに応えるという番組だったので、そのまま聴き流すことにする。
相談者の男子高校生が好きな女の子とラインでは、やり取りすることができるのだが、学校ではその子が一人でいることが少なく、二人で話すことができない。どうしたらいいか、という甘酸っぱい相談だった。
思わず頬が緩む。私ももうアラサーと言われる歳になり、高校生の恋愛がキラキラして微笑ましく思う。
まあ、そんなキラキラした高校時代は過ごしていないが、と一人自虐的になる。
勇気を出して朝と帰りの挨拶をすることから始めよう、とDJも微笑ましいエピソードに興奮ぎみに応えた。
高校生の恋愛がキラキラしているのは、好きという感情が先行しているからだろう。初恋、何も考えず、ただ好きという感情。
私にはもうなくなってしまった。純真無垢な恋。だからキラキラと眩しい。
ラジオから流れるクイーンの曲を聞くと昔好きだった人のことを思い出す。
私も一度、ただただ好きで溺れた男がいた。
S極とN極が強力な力で引き合って、離れないように惹かれ合った。月日を経て、それは磁力を失い、ポロっと剥がれてもう二度と引き合わなくなった。
あの時の熱量で引き合う誰かはもう見つからない。
経験は消えない。一度ついた傷は深ければ深いほど治りも遅く、薄くはなっても完全に消えることはない。
なりふり構わず、好きという気持ちだけで突っ走ることはもう出来ない。また怪我をするかもしれない、苦しいのは嫌だ、とブレーキがかかる。もう全力疾走はできない。理性を働かせ、自分と合うのか合わないのかを見極める。好きになるのは一番最後だ。
私は、今いい男とそれなりにいい暮らしをしている。それで満たされている。お互い好きで、つき合っている。いい距離感、いい関係を築いていける相手だとお互いに思っている。価値観が合うのだ。好きな食パンが一緒なのだ。
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