洞口の彼女

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 洞口のやつは、いつも話を盛る。  中学に入学した直後、洞口と俺は小学校が違ったから、あいつがどういう人間なのか、まだよく分かっていなかった。  その頃に洞口が「大崎のやつマジ最低なんだけど」ってカンカンに怒りながら俺に文句を言ってきたことがある。「大崎が俺の髪型を指さして、スネ夫みたいだって皆の前で笑い者にしたんだ。あいつ絶対に許さねえ」って洞口は言うのだ。  単純だった俺はすっかりその言葉を真に受けて、大崎ってそんなひどい奴なのかと一緒になって腹を立てたものだが、後で大崎本人に聞いてみたら全くの事実無根だった。  大崎は洞口の前髪が寝ぐせで少し立ってたのに気づいて、親切心で「洞口、ここ寝ぐせ直ってないぜ」って指摘してやっただけだったのだ。皆の前で笑い者にしたどころか、大崎はちゃんと気を遣って、周囲に誰もいない時を選んで洞口にこっそり伝えてやっている。  一事が万事そんな感じなので、洞口は「いつも嘘ばっかついてるやべー奴」としてすっかり有名であり、中学校の中で知らぬ者はいない。周囲の人間は誰もが、洞口の話をいつも八割引きくらいにして聞いている。  道端で全長一メートルのミミズを見たんだ、と洞口が言ったら、ああ二十センチのミミズを見たんだな、と頭の中で変換して理解して、もはや何一つツッコまない。  だってそこで「一メートルのミミズなんているわけないじゃん」なんて言おうものなら、アイツは顔を真っ赤にして「いたんだよ! 確かにあれは一メートルくらいはあった! 絶対に本当だ!」ってムキになるから面倒くさいことになるのだ。だから、相手にしないでおく方が賢明なのだ。  そんなわけで、秋の修学旅行の夜、クラスの女子の中で誰が好きかを互いにズルなしで言い合おうぜとか、布団の中でそんな話をしていた時に洞口が 「俺も、この夏休みに彼女できたぜ」 などと突然言い出した時にも、みんな一切それを否定しなかった。 「ああそうなんだ」「それは良かったな洞口」と、いつものように話を受け流したんだ。
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