第1章:慎太郎と優里

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「あっ…あの忽那優里(くつなゆり)さんですか? わ…私は帯織市役所から参りました 小木慎太郎(おぎしんたろう)です。」 驚いたというより惹かれたからだろうか 声を上擦(うわず)らせながら勢い良く立ち上がったので 慎太郎が座っていた椅子はガシャンと倒れた。 慌てて椅子を起こすと彼は恥ずかしそうに 苦笑いしながら名刺を優里に手渡す。 「はい。そうです」 そう言って(うなず)きながら切れ長の(まなこ)を少し細め 落ち着いた笑みを浮かべた優里と慎太郎の 手が触れる 彼女の手は絹の様に滑らかな肌触りがした。 「これから御覧頂く移住先は一人暮しの女性が 生前切り盛りされていた小料理屋です。 この帯織港から姫黒山(ひめぐろやま)を挟んで反対側にある 海辺の集落『舎根木(やどねぎ)』に向かいます。 足元にお気をつけてどうぞお乗り下さい」 慎太郎が軽トラックの助手席ドアを開けて 優里をエスコートする。 スカートのスリットから細身で透き通るような 白い脚が見えた。 バニラのように甘く(つや)やかな香水の薫りで 車内が充たされていく。 「よし!それじゃあ向かいますよ」 ()(まで)今日は仕事なのだから… 意識を切り替えようと慎太郎は自分の左顎(ひだりあご)を 軽く叩きバンドルを握った。 30代前半女性…接客業経験者… 募集要項から慎太郎が想像していたのは 日に焼けた恰幅(かっぷく)の良い所謂(いわゆる)島女(しまおんな)』。 生まれてから27年間も帯織島(おびおりじま)を出た事が 無いのだからそう考えるのも致し方ない。 彼は初対面の女性にエキゾチックな魅力を 感じながらも緩やかにアクセルを踏んだ。
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