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潮の薫りが芸術絵画のグラデーションのように
深緑の瑞々しい芳香へと移り変わる。
姫黒山の麓にある農園の原風景が残る
棚田を抜けると山の中腹には
島植物であるトビシマカンゾウの花群生地が
地平線まで広がっていた。
山吹色の花絨毯と澄み渡る晴天の蒼
その2色しかない世界は息を呑む美しさである
人…街…そして色恋の汚れた臭いがする
その世界で生きてきた優里の眼には
流離いの果てに辿り着いた帯織島は
まさに桃源郷のように映った。
「…この離島は北陸地方に在りますが
雪は降らないし…生活は意外と快適ですよ。
あの…軽トラックの乗り心地悪いですよね?
すみません、こんなのしか無くて
お年寄りばかりの島なので手伝い仕事するには
荷台がある車が便利なんですよ。
…そうだ。荷台と言えば子供の頃に
父親が運転する軽トラックの荷台に乗ると
風が気持ち良くて…」
「………」
「えっ!?」
「えっ!?」
二人同時に声が出た。
島の自然に心奪われていた優里は
慎太郎が喋っていた事に気が付かず
驚いて運転席側を見る。
(頭の中が真っ白だ…何でも話せば良いって
訳じゃないよな…)
宝石のような茶色い瞳に見つめられた慎太郎は
密室の車内で初対面の空気を和らげようと
懸命に話題を振っていた自分の余計な
気遣いを後悔した。
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