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「どぅーん!ピロピロピロ~」
職員室で事務作業をしていたところ、受け持っているクラスの女子生徒、小宮山璃々が、いきなりやってきて、割りばし二本を角に見立てながら、俺を突いてきた。
「……どうした小宮山。俺は見ての通り、忙しいんだが」
「先生。私、宇宙人になった」
「……いじめられてるのか?」
「違うもん!」
「うわっ」
再び割りばしで攻撃を仕掛けてくる。普通に危ないからやめてほしいんだけど……。
「なんだいきなり。課題は減らさんぞ」
「ワレワレハウチュウジンダ」
喉に手を当て、振動させながら、小宮山が言う。それ、今時やってる奴いるんだな。
俺はそんな小宮山の頭に手を当て、優しく撫でる。
「俺は忙しいんだ。向こうに行ってくれないか?」
「宇宙人だからお話通じませ~ん」
「何なんだその、宇宙人ってのは」
「宇宙人は宇宙人だもん。柳井先生、知らないの?」
「知ってるよ。でも、黒髪で制服を着た、日本語を喋る宇宙人に出会ったのは。初めてだな」
「地球の人間の真似をしてるだけだよ」
「……そうか。ご苦労様」
「……むぅ」
小宮山はどうやら不満な様子。これ以上構ってると、帰りがなぁ。
「宇宙人だから、質問します」
「なんだよ」
「仕事、どれくらいかかりそう?」
「お前が邪魔しなければ、あと二十分くらいで終わる」
「ちょっと早い」
「え?」
「宇宙人的には、もう少しここにいた方が良いと思う」
……全く何がしたいのか、わからんな。
小宮山が俺にちょっかいをかけてくるのは、今に始まった話じゃないが、今日は本当に、脈絡がないというか。なんだよ宇宙人って。
「時間を稼ぐために、宇宙人あるある言います」
「勝手にしてくれ」
「火星に行ったあとは、ちょっと匂いが気になる」
「だったら行くな」
「月のクレーターでつまづいて、よく怪我をする」
「だから行くなって」
「地球はとっても住みやすい環境だよ。可愛い女の子がたくさんいるし」
「なんだ突然」
「私みたいに」
「……はぁ」
確かに、小宮山は可愛い部類に入るだろう。黙っていれば、の話だが。
「特に、大人の女性で美しい人が多い」
「あぁ」
「学校の先生とか」
「随分限定されてるな」
「この学校だと、安住先生」
安住先生は、机が隣だ。受け持っているクラスが近いからだと思う。
「宇宙人から質問の時間です」
「なんだよ」
「安住先生のこと、どう思ってる?」
「どうって……。すごく仕事ができる、真面目な人だな」
俺より三つくらい年下なのに、ちょっと仕事で困ったことがあると、すぐに助けてくれる、頼りになる後輩だ。
「それから?」
「えっ……。いや、そのくらいだろ」
「絞り出せ~」
また割りばしで突いてきた。そもそも割りばしが角になってる宇宙人ってなんなんだ。小宮山の中の宇宙人像が気になってしまう。
「えっと……。隣で一緒に仕事してると、よくお菓子を分けてくれるな」
「そういうんじゃなくて……。容姿とか」
「容姿……。普通に可愛い感じだな」
「普通にって何。可愛いか、可愛くないか、どっちなの」
「……まぁ、それは良いだろ」
「良くない。それめっちゃ大事。宇宙人的にね」
「宇宙人ってつければ、なんでもありだと思ってないか?」
それからだいたい、ニ十分くらい、小宮山に邪魔をされて、結局仕事は全く進まなかった。
ようやく帰ったところで、仕事再開。
「はぁ……全く」
「あれ……。柳井先生。まだ残っていたんですね」
安住先生が、隣の席に座った。
「そうなんだよ。小宮山がちょっかいかけてきてさ……」
「へ、へぇ……。小宮山さん」
「困るよなぁ。俺のこと、良い遊び道具かなにかと勘違いしてるんだよあいつは」
「あ、あはは……」
「安住先生は、ボランティア部の活動を?」
「そうなんです。ちょうど清掃が終わって」
「すごいなぁ……。仕事もやって、部活の顧問もやって。尊敬するよ」
「そ、そんな。柳井先生だって、仕事バリバリこなすし、生徒会をうまくまとめ上げてるし、すごいですよ!」
「俺なんて……。全然だ」
生徒にちょっかいかけられたくらいで、仕事の手が止まってるようじゃ、話にならない。
さて、残業なんてごめんだ。さっさと終わらせて……。
そう思って、机に向かおうとしたら、いきなり右腕に、何かが刺さった。
……割りばしだ。
「ど、どーん」
安住先生が、割りばしを角に見立て、俺に……。
「……小宮山に、やらされたのか?」
「……」
「明日、きつく叱っておくよ」
「違うんです!私が、その、どうやったら柳井先生と、仲良くなれるかなぁって思って」
「……俺と?」
「はい……」
……えっ。俺たち、仲良くなかったの?
俺は、隣の席だし、よく喋るほうだし、そこそこ良好な関係を築けていたつもりだったんだけど……。おかしいなぁ。
「……すまん。なんか、気を使わせちゃって」
「い、いやあの!私が悪くって!柳井先生と話すと緊張しちゃって、変なこと言って嫌われないかとか、色々考えてしまって、それで」
「落ち着いてくれ……」
「あのあの、だから私、柳井先生と仲が悪いとか、そういう風に思ってなくて、ただもっと仲良く」
あたふたとしている安住先生を見て……。
俺は思わず、頭を撫でてしまった。
「……へ?」
「あああぁあすまん!違うんだ!生徒にやってるから、癖で」
「……あの、そのまま」
「え?」
「そのまま撫でてください」
「いやでも」
「……私は宇宙人です!」
安住先生が、再び割りばしを構えた。
「……えっと、小宮山さんが、こうすれば、柳井先生が、お願いを聞いてくれるって」
「……はぁ」
「す、すいません……」
俺は優しく、安住先生の頭を撫でた。
……宇宙人に頼まれちゃ、仕方ないもんな。
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