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第十二話「やさしいさくらんぼ」
共用リビングに弟子たちが集められている。今日は試験……テンパリングの、一週間前。大きな緊張と小さな浮つきを隠し持って集まる弟子たちの前にいる師匠が、全員の顔を見ながら試験内容を開示している。
「……以上が、今回のテンパリング方法だ。これから一週間、私の手伝いは必要ない。各自試験勉強に励むように」
「「はい!」」
「ああ、それから」
師匠がおもむろに私と視線を合わせる。
「見習いくんのテンパリングは全て終わっているから、君だけは魔女昇格試験だ。試験内容は当日に開示されるから、何が課せられてもいいようにね」
「はい」
「私の弟子から昇格試験を受ける子が出るのははじめてなんだ。期待しているよ」
いちごみるくの瞳を細め、微笑む師匠。それを見つめる私の顔は反比例するように強ばっていく。
「……頑張ります」
「ああ。それでは、質問がある者はいるかな?なければ解散。皆、実力を出し切れるように頑張ってくれ」
その言葉を聞くや否や、ざわつき始めるリビング。緊張と不安の入り交じった声がそこかしこから耳に入ってくる。今回は気の緩んだ声は聞こえてこない。少しほっとして、席を立ちリビングを出る。
「くー先輩!」
背後から声をかけられた。振り返る。私をその名前で呼ぶのは、チェリーシロップの髪をサイドテールに結わえたあの子だけだ。
「リュミエ、どうしたの?」
「先輩、あの……!えっと、」
何か言いたげに視線を泳がせ、そわそわと身体を揺らしている彼女。少しして、おずおずと小さな袋を差し出された。ピーチピンクのリボンでラッピングされた、いちごみるく色の袋。
「これ、くー先輩に!」
「……もらっていいの?」
「はい、あの、試験合格できるように、お守りです…!」
わたしの手作りなんですけど、と不安げに小さく付け加えるリュミエ。
「ありがとう。今開けてもいい?」
「は、はい!」
しゅる、とリボンを解き、中身を取り出す。
それは、サイダーとミルクグレープ色のビーズをベースに、チェリーシロップカラーのクリアストーンで彩られたブレスレットだった。手作りとは思えないほど正確で精巧な出来栄えに、とても丁寧に作ってくれたんだなと感じる。
「わあ、かわいい…!」
「ほんとですか?!嬉しいです…!」
「私の髪や目と同じ色のビーズ、よく見つけてきたね……こっちのさくらんぼ色のはハートの形になってて、すっごくかわいい」
窓から差し込む光に透かしてみる。太陽のあたたかい光を受けて、優しくぴかぴかと煌めいた。
「綺麗……つけてみてもいいかな?」
「ぜひ!あ、えっと…右手につけてください!」
「右手に?わかった」
言われた通り右手にぱちん、とブレスレットをつける。それは驚くほど違和感がなく、まるで最初からそこにあったかのように私の手首にぴったりだった。ガラスの靴を履いたシンデレラは、きっと今の私のように幸せな気持ちだったんだろうな。
「わあ…!先輩やっぱりすごく似合います!かわいいです!」
「ふふ、ほんと?ありがとう。嬉しいよ」
「えへへ…!昔から母に、幸福は左手から入って右手から抜けていくのよ、と言われていて……だから幸福を逃がさないように、ブレスレットは右手にするようにって教えられたんです!」
だから私も!と、右手をこちらに向ける。彼女の右手にも、私とおそろいのブレスレットがきらきらと輝いていた。
「ふふ、ありがとう。大事にするね」
「はい…!昇格試験、応援してます!」
「リュミエも、頑張って」
私の声に応えるリュミエの笑顔は、クリームソーダの頂点を飾るシロップ漬けのさくらんぼのようにつややかで、どこまでも甘かった。
- - - - - - - - -▷◁.。
ーーーテンパリング当日。
トントン。自室の扉がノックされる。どうぞ、と声をかけると、弟子の一人がそっと顔を出す。
「失礼致します。クーベルチュール様、たった今弟子全員のテンパリングが終わりました。地下研究室で師匠がお待ちです」
「ありがとう」
赤と白のマーガレットを髪に咲かせ、右手にお守りのブレスレット。ぱちん、と軽い音が部屋に響く。鏡の前に立ち、赤のマーガレットにそっと触れる。何度洗っても白に戻らない、あの子の生きていた証が染み込んだ真赭の花。あの子の一部だったこの花と一緒に、私は魔女になるんだ。部屋を出て、階段を降り、地下の扉の前で深呼吸をする。大丈夫。私は、出来る。
ノックは一回、間を空けて三回、二回、また一回。そして、真中の鍵穴を左手の親指で塞ぐと、扉が開く。
「失礼します」
「お待たせ、見習いくん」
「師匠、よろしくお願いします」
「うん。それでは発表しよう。魔女昇格試験の内容は……所謂、面接だね」
「えっ」
まあ座りたまえ、と奥のソファに促されたので、素直に腰かける。向かいのソファに師匠も腰を下ろした。
「ここまでの試験で、君の魔法の腕は証明されているからね。今までの弟子の中でもトップクラスの魔力と技術……最初の頃が信じられないくらいの実力だった。今更魔力のテンパリングは不要だ」
「あ、ありがとうございます」
「今から幾つかの質問をする。嘘偽りなく、全て正直に答えてくれ。いいね?」
「……わかりました」
すっ、と師匠の顔から笑顔が消える。時々あらわれる、私を品定めするような、訝しむような…冷えた瞳。師匠のこの目は、この顔は、少し苦手だ。
「始めようか」
「はい」
「逝ってしまった子たちの部屋には、どのくらいの頻度で行っていたかな?」
「基本的には週に一度です。テンパリングのあった週や話したいことが多い時は、二度三度行っていました」
「その時、急に頭が痛くなったことは?」
「?……何度か、あった気がします」
「……君は、私に弟子入りする前の記憶を思い出したかい?」
「いいえ。まだ何も思い出せません」
「親の顔も、自分の名前も、何もかも?」
「はい」
「そうか。……では、最後の質問だ」
ふわり、と師匠の手が宙を泳ぐ。すると、私の前に魔力の煌めきが現れ、それらはだんだん形を成して、三つのアイテムになった。
「……素敵なもの?」
「その通り。これはドールの材料である〈素敵なもの〉だ。左から〈うさぎのぬいぐるみ〉〈まあるいどんぐり〉〈赤い糸〉……君なら、どれを使う?」
「そうですね……私は、まあるいどんぐりを選びます」
答える。全て嘘をつかず、正直に、本当のことを。
目の前の素敵なものは、私が答えを示すとまた魔力の煌めきに戻った。師匠は腕を組み、目を閉じる。次にそのいちごミルクの瞳が開く時、その顔はいつもの優しい微笑みに戻っていた。
「ありがとう。質問責めにしてすまなかったね、これで試験は終了だ」
「は、はい。ありがとうございました」
師匠が私の髪に咲く花をちらりと一瞬見遣り、そのあと私の頭をぽんぽんと撫でた。
「見習いくん、今までよく頑張ったね。これから私の元を離れても、人々を幸福へ導く魔法使い……または魔女であれるように、願っているよ」
「……それは、」
師匠の元を、離れる。つまりそれが、意味することは。
「魔女昇格試験合格、おめでとう。君は一人前の魔法使いであることが証明された。もし君が望むなら、これから〈魔女〉になることができるよ」
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