第十話「せんせい、カモミールティーをちょうだい」

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第十話「せんせい、カモミールティーをちょうだい」

『みならいちゃん、いままでありがとう』 「うん。……またね、トルルー」 レッドベルベットで首を彩られ眠るトルルーに蓋をする。箱にリボンをかけていると、ドールの間の扉が音もなく開いた。師匠だ。 「師匠。今終わりました」 「ありがとう。こちらも今できあがったところだよ。ただ……」 師匠の掌に座る、新しいシュクルドール。それを目にした瞬間、私は目を見開いた。明らかに、おかしい。 「どうしたんですか、その子……」 「私にもわからない……こんな子ははじめてだよ」 シュクルドールの髪が、闇のように黒い。そのドールは、至極当然のようにふわりとテーブルに降り立ち、口を開く。 『ねえ、お腹がすいた』 「あ、そうだよね、ごめんね」 はっと我に返り、慌ててマシュマロを手渡す。ドールは、渡されたマシュマロをじいっと見つめ、やがて私を見る。 『ありがとう』 にこりと笑ってその場に座り、優雅にマシュマロを食べ始めた。髪が黒い以外は、今までのシュクルドールと変わらないようだ。師匠はドールをじっと見つめたまま腕組みをする。 「うーん……〈素敵なもの〉の中にはドールの髪色に影響を与えるものもあるけど、ここまで濃い色が出るものは今までなかった……この子は、珍しい子かもしれないな」 「今のところ、髪色以外に異常はなさそうですしね」 「そうだね。見習いくん、この子の名前は〈アイシー〉。君が世話をする最後のドールだ、よろしく頼むよ」 「はい」 『アイシー……良い名前。気に入ったわ』 テーブルを振り返る。マシュマロを食べ終わったらしいシュクルドール……アイシーが、私たちを見て笑っていた。 『私は〈アイシー〉。よろしくね、見習い?』 彼女の後ろに、ゴジアオイが見えた気がした。 - - - - - - - - -▷◁.。 アイシーは今までのドールたちの中で一番おしゃべりが好きだ。 食事をしている時も、ティータイムの時も、 止まることなく話し続けるくらい。お世話をするドールは彼女ひとりだけなので、私も集中して彼女と話をすることができた。 それを知ったのは、何度目かの15時のティータイムの会話でのことだった。 『見習い。今日の飲み物は何?』 「今日はカモミールティーだよ。どうぞ」 『わあ、ありがとう』 カップを受け取り、ひとくち飲む。『美味しい』と微笑んで、また彼女は話し出す。 『見習いはカモミールが好き?』 「え、……うーん、好きか嫌いかなら普通かな。どうして?」 『15時のティータイム、ずっとカモミールティーだから。何か理由があるのかなって』 「理由なんて特に……強いて言うなら、師匠はハーブティーがお好きでここにはハーブ系の茶葉が多いから、かな?」 「ふうん。私はてっきり、見習いのその髪飾りと同じ花だからなのかなと思ってた」 『赤いのははじめて見たけど』と、私の髪飾り……赤と白のマーガレットを指差すアイシー。思わず、ヘアピンにそっと触れる。 「ううん、これはカモミールじゃなくてマーガレット。……でも、それもあるかも。カモミールと似てるからって……無意識だけど」 『そう。綺麗よね。カモミールも、マーガレットも』 アイシーは呟き、こくりと水分補給する。つられて私も飲む。優しい味が鼻を抜けていく。 『世界一の魔女がハーブティーなんて嗜むのね。なんだかそのへんの人間みたい』 くすくすと笑うアイシー。 「師匠だって人間だもの」 『ふふ、そうね。メリアルームも元は人間ね』 「……アイシーは、師匠のことを先生って呼ばないんだね」 きょとんとした顔をする彼女。少ししてからぷっとふきだす。 『当たり前よ、メリアルームは先生じゃないもの』 「……先生じゃない?師匠が創ったのに?」 『メリアルームは私を呼んだだけ。創ったわけじゃないわ』 「じゃあ、アイシーの先生は……誰なの?」 彼女はにっこりと笑って、返す。 『先生は先生よ、せんせい』 ティーカップは、空になっていた。 - - - - - - - - -▷◁.。 深夜。レモン色の布団の中へ静かに潜る。もうホットミルクを飲まなくても眠れるようになっていた。目を閉じる。自然と、夜の食事の時にしたアイシーとの会話がフラッシュバックされる。 『見習いは、おさとうのかみさまのこと知ってる?』 「おさとうのかみさま?」 『やっぱり知らないのね。この国にずっと昔から伝わる神様よ』 瞬間、頭が割れるように痛む。しかし一瞬で痛みは引いていった。 「い、ッ………た…」 『知らなかったから神様が怒ったんじゃない?』 「そんなこと、ある……?」 『あるし、できるわよ。それが神様だもの』 淡いソーダ色のマシュマロを頬張りながら、アイシーは私を見る。 「……怖いね、神様って」 『ふふ、〈おさとうのかみさま〉の話、教えてあげる』 「え、アイシーは知ってるの?」 『もちろん。私たちシュクルドールは〈おさとうのかみさま〉から生まれてるようなものだから』 「アイシーはこの間生まれたばかりなのに、どうして知ってるの……?」 『言ったでしょう?私たちシュクルドールは、魔女に〈呼ばれて〉ここにいる。基本的には出荷されると記憶がなくなるものだけど……私は、ずっと前のことも覚えているの』 マシュマロを食べ終わった彼女が『ごちそうさま』と、小さく手を叩く。 『さあ、私の話はいいでしょう?〈おさとうのかみさま〉の話をしましょう。そして、よく覚えておいて』 ゆるり、ゆるりと、微睡みの奥におちていく。 〈おさとうのかみさま〉の話を、思い出しながら。
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