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第十三話「はじめましてホワイトミルク」
「見習いくん、準備はできたかい?」
「はい、師匠」
いつものローファーではなく、ゴジアオイが咲き乱れるブーツを履いて。とんとん、と踵を合わせていると、わらわらと人影が集まってくる。
「師匠、クーベルチュール様、いってらっしゃいませ!」
「お気をつけて、師匠、クーベルチュール様!」
「……くー先輩、いってらっしゃい」
玄関まで見送りに来てくれた後輩たち。その中に不安そうに混じるチェリーシロップの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「ありがとう、リュミエ。ありがとう、皆。……行ってきます」
「留守は任せたよ、私のチョコレートたち」
「「はい!」」
師匠に続いて、家を出る。いつもの正服の上にホワイトチョコレートのポンチョを纏い、同じ色のベレー帽を被って。師匠……メリアルーム様の弟子の正装。これを最初に着る時が同時に最後の時になるなんて、思いもしなかった。
魔女昇格試験に合格した私は正式な魔女になる手続きをするため、師匠と共に王都に向かう。手続きは王都でしか出来ないらしい。転移魔法を使うのかと思っていたら「あれは気分が悪くなるから好きじゃない」と師匠が仰られたので、私たちは浮遊バスを使うことになった。
バス停に行くと、ちょうどバスが停まっていたので乗り込む。乗客は私と師匠だけのようだ。師匠は迷いなく一番奥の広い席に座ったので、そっと隣に腰掛ける。
「師匠、プロントレインじゃなくて良かったんですか?」
「あれも転移魔法と似たようなものだからな、私は苦手だ」
なるほど、と呟く。
プロントレイン……元の速さに上級加速魔法を組み合わせて、とても速く進む電車。急いでいる時にとても便利なのだが本当にあっという間に目的地に着くので、身体が速さについていけず少し体調が悪くなる人もいるのだとか。
「私も浮遊バスの方が好きです。窓の外の景色を楽しみたいので」
「わかるよ、浮遊バスからの景色は本当に絶景だからね」
「それに、そんなに急ぐものでもないですしね。時間はたくさんありますし」
「ああ。ほら、バスが飛び立つぞ」
- - - - - - - - -▷◁.。
「王都南、王都南です」という車掌のアナウンスでバスを降りる。
「わあ……」
たくさんの店が並び、たくさんの人々が行き交う、この国の都。わいわい、がやがや。様々な人の声が波のように押し寄せてくる。
「見習いくん、行くよ」
「あ、っはい!」
師匠のあとについて、人の海へ……行くのかと思いきや、向かう先は真逆。人々の喧騒がどんどん遠ざかって、木々のざわめきしか聞こえなくなった頃、師匠の足は止まった。
「着いたよ」
「……ここは、教会……?」
王都のはずれにぽつんと存在する、小さな教会。ミルクホワイトを基調にしたその建物の頂点には、六芒星が輝いている。
「ここで、魔女になる手続き……の前に、魔女になる為の必要事項を君に教えることになっている」
「必要事項……?」
「それはわたくしから教えましょう」
かつん、と地面を叩くヒールの音がした。反射的にそちらを見る。ナパージュされたかのようにつやつやとしたストレートロングの白髪に、葡萄色の切れ長の瞳。左耳に煌めく六芒星の耳飾り。シンプルで質の良い生地が使われたマーメイドドレスを身に纏うそのお方の姿を、いつかテレビで見たことがある!
「お、王妃様?!」
「ああ、ザルツ。早いな」
「早めに仕事を終わらせてきたの。そちらが、例の見習いさん?」
「は、はじめまして……!王妃様にお会い出来るなんて、大変光栄です…!」
この国の王妃……ザルツ様。そんな方がどうしてここに?慌てて跪くと、「かしこまらなくて大丈夫よ」と手を差し伸べられる。
「で……でも」
「今は王妃ではなく、ただのザルツだもの」
「ただのー?幻の六番星様がよく言うよ」
「相変わらず無駄に動く口ね、メリアルーム?」
「お、王妃様が、六番星……?!」
理解が追いつかない!王妃様が、六芒聖で、六番星で……?頭がぐるぐるとしている間にザルツ様に手を取られ、私は立ち上がっていた。
「混乱するのも当然ね。世間では、六番星はいないも同然だもの」
「そ、そうです…!王妃……ザルツ様が六番星なら、どうして国民は誰も知らないんですか…?」
「それはこのあと、順を追って説明するわ」
ついておいでなさい、とザルツ様と師匠が歩き出したので、小走りで後を追う。ミルクホワイトの扉を開け、中へ。ステンドグラスで彩られた長方形の窓に、天井の高い部屋。中央には建物と同じ、ミルクホワイトの椅子が一脚。奥には同じ色の小さな祭壇。その後ろの壁に飾られている大きな六芒星には、ゴジアオイがたくさん咲いている。
「ここは……」
「この教会もどきには強力な防衛魔法が張られていて、魔女についての話は誰にも知られないようにここで説明するんだ。秘匿情報だからね」
「神聖な場所に見えるようにしておけば誰も不用意に近付かないだろうから、って。ノアのアイデアなのよ」
ザルツ様が、こつこつと歩き出し、祭壇へ。師匠も祭壇へ向かう。「どうぞそこに座って」と言われたので、私は一脚しかない椅子に身体を預けた。
「それでは、説明するわね」
「よろしくお願いします」
「ええ」
こほん、と咳払いをして、ザルツ様は話し始める。
「まず、魔法使いとは、魔法を使えるただの人間。魔女は、先天的または後天的に永遠の命を得て、〈神様〉に奉仕することを決めた者のことよ」
???
頭の中がいきなりクエスチョンで埋まる。まって、今すごいことをさらっと言われた気がする。永遠の命?神に、奉仕……?
「永遠の命、って……?」
「その名の通りよ。不老不死になって、悠久の時を神と共にする。メリアルームは先天性ね」
「ああ。私とメテウム、あとイルミルとクソガキも先天性の魔女だね」
驚きで声も出なかった。確かに師匠はお若いな、おいくつなのかなと思っていたけれど。永遠の命なんて、おとぎ話の中だけの存在じゃなかったのか。
「そして、レープやザルツは後天的に永遠の命を得た魔女だ。ただ、後天的に魔女になるには代償がいる」
「代償…?」
「わたくしは永遠の命の代償として、国民から〈六番星である〉ということを忘れられてしまったの」
「!!」
切なげに、寂しげに、しかし優しくザルツ様は微笑む。だから誰も六番星のことを知らなかったのか。納得がいくと同時に、胸が痛む。忘れられてしまうなんて、そんな悲しい思いをしなければいけないなんて。
「レープは神様のいたずらでうさぎの遺伝子と混ぜられ、あんな可愛らしい感じになってしまったんだ」
「ど、どうしてうさぎと…?」
「さあ。強いて言うなら……神様がうさぎ好きだから、かな」
確かに私もうさぎはかわいいと思うけれど。成人男性であるにも関わらずうさみみをつけられ、語尾も可愛らしい感じにされてしまったレープ様に少し同情した。
「ええと、あと……神様、って」
「ああ。見習いくんは〈おさとうのかみさま〉を知っているかい?」
こくり、と頷く。
「あれは実話を元にしたおとぎ話だ。〈おさとうのかみさま〉は実在する。ちょうど、君が座っている椅子の下あたりだな」
「?!!」
がたん、と立ち上がる。私の足の下、この床の下に、神様がいる……?
「魔女の役目は、神様が目覚めないよう、定期的に供物を捧げること。そして、万が一目覚めた時、その命をもって鎮めること」
「……く、供物って…?」
「シュクルドールよ」
ザルツ様が話す。まっすぐ、私を見て。目が合う。思わず、俯いた。
「童話では人々をお菓子にして食べた、と言われているけれど、実際に食べられていたのは小さい子どもや少女……特に、生まれて一年未満の赤子。神様は甘いものがお好きなの。生まれて間もない、母のミルクしか飲んでいない、甘い子どもが」
「………」
「〈お約束〉と言うのは、生まれて一年未満の赤子を一定数、定期的に捧げること。でも、だんだん赤子の数が減って、神様が満足しなくなってね。そこで創られたのがシュクルドール。意思のある砂糖菓子……神様への、供物よ」
「そ、それじゃあ、出荷って……」
「ああ。神様の元へ無事に届いていたよ。君が世話してくれた私の子供たちも、君が創ってくれた子たちも」
「わ、私の模倣ドールも…?」
「どうしても、と神様が欲しがってね。君の創るドールは全てこちらに出荷してくれと、お得意様権限で」
「……師匠の、〈とあるお得意様〉は」
「そうだよ。〈おさとうのかみさま〉のことだ」
かっと身体が熱くなる。震えが止まらない。タイリーも、エイミーも、トルルーも、みんな、みんな、〈神様への生贄〉だったということ?
それじゃあ、アイシーが言ってた、〈先生〉って言うのは、
「さて、これで全て説明したと思うが……見習いくん、君はどうする?」
「わたし、……私は」
「ここから先を望むなら、私たちは君に永遠の命を与え、魔女にしてやることが出来る。ただ、世界の因果をねじ曲げる代償は大きい。君の身体が負荷に耐えられなくなるか、或いはそれ相応の何かを失うか」
「………」
「そこまでの対価を払ってでも、君は……ただの魔法使いから〈魔女〉になりたいと、願うかい?」
ぎゅ、と拳を握りしめる。顔をあげ、師匠とザルツ様を見つめる。どれだけ凄惨な事実が隠れていたとしても、どれだけ残酷な事実が私を襲ったとしても、私の想いは、ひとつだけ。
「私は、魔女になります。……あの子と、約束したから」
「……そうか。君ならそう言うと、思っていたよ」
祭壇から降りてきた師匠が、私の頭をぽんぽんと撫でる。涙腺が緩みそうになるのを、ぐっとこらえる。泣くにはまだ、早い。
「見習いさんはとても成績も良く、魔力も安定していたと聞いたわ。そんな方が仲間になってくださるなら、とても心強いわね」
「さあ、新しく魔女になる君を〈神様〉に紹介しに行こうか」
「そうね」
「えっ、会うんですか?神様に?」
「ああ」
師匠が祭壇の後ろにある六番星へ手をかざす。淡く光が放たれたと思うと、ズズズ、と重い音を立てて、中央の壁が開く。そこにあるのは、下へと続く階段。
「おいで。この下に、神様がいる」
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