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第二話「2粒のチョコチップ」
シュクルドール。
手のひらサイズの少女の姿をした、意思のある砂糖菓子。
たくさんの砂糖とひとつぶのこんぺいとう、そして〈すてきなもの〉。それらを鍋で一晩煮詰め、魔法をかけると出来あがる。主食はマシュマロだが、〈出荷〉する前に一度だけ食べさせることの出来る〈特別な角砂糖〉を与えると、フレーバーと髪色が変化する。
とても腕の良い魔女、魔法使いにしか創れず、彼らの元から〈出荷〉されたそれは庶民には手が出せないほどの高値で取引される高級品。
- - - - - - - - -▷◁.。
「私が、シュクルドールの世話係…?」
「ああ」
師匠は人差し指をくるくると回し、指の周りにできたきらきらを私の膝の箱に向けて放つ。すると、ドールの睫毛がふるふる揺らぎ、ゆるりと開いたふたつのチョコチップのような瞳が私を捉えた。ふわふわのボブヘアーに垂れたうさみみの生えた、どことなくおっとりした雰囲気のかわいいおんなのこ。
「出荷前の私のドールたちの遊び相手になってやってほしい」
「それは構いませんが、どうして…?」
「ドールたちには私の魔力が濃く注がれている。長時間共に過ごすことで君の魔力も補われないか、と考えてね。少し安直かもしれないが、いずれドールを創りたいのなら早くからドールと触れ合って損は無いだろう」
目覚めたドールは私とサクリ、そして師匠を順番にゆっくりと見つめ、最後にもういちど私をその視界に捉えてふわりと笑った。
「それから……ええと、三つ編みにそばかすの君」
「サクリ・スイファです!」
「ああ、すまない。サクリくんにも、見習いくんと一緒にドールの世話をしてもらおうと思う。いきなり見習いくんひとりに任せるのは荷が重いだろうからね」
「わかりました!」
サクリと私は目を合わせ、どちらともなしに笑い合った。一番気を許している人と同じことが出来るというのは、幸運この上ない。
ドールを見る。ドールも微笑みを絶やすことなく私を見ている。
「ええと……短い間ですが、これからよろしくお願いします」
『うん、よろしくね。わたしはタイリー』
「え、名前あるんですか?」
驚いて顔を上げる。生まれて、出荷されたら、あとは食べられるだけの運命の彼女たちに名前があるなんて、思いもしなかった。
「私の子はみんな名前があるよ。他の子の世話もしてもらうから、あとでそれぞれに聞いてみるといい」
「わ、かりました」
「それじゃ、次は向こうでドールの世話の仕方について説明するよ。よく聞いてくれ」
「はい!!頑張ろうね、ミナ!」
師匠が立ち上がったのを見て、サクリが元気よく立ち上がる。
「おや、君はミナという名前だったのかい?」
「いいえ、あたしが勝手に呼んでるだけです!見習いだから、ミナって」
「なるほど。かわいらしい名前をつけてもらったんだね、見習いくん」
「はい」
話をしながら、ドール……タイリーをベストの胸ポケットにそっと入れて立ち上がると、彼女が嬉しそうに口を開いた。
『そう、わたしたちはもろいから やさしくしてね』
「は、はい」
『けいごじゃなくていいよ。そのほうが なかよくなれるでしょう?』
「そう、……だね。わかった」
『うんうん、〈みんな〉も けいごじゃないほうがすきだからね』
小さな鈴が優しく鳴るような、聞いているとあたたかい気持ちになれるような柔らかな声。ドールをギリギリまで食べずに愛玩する人間もいると聞いたことがあるけど、その人たちの気持ちも今なら少しわかる気がする。
師匠は自分の座っていたソファの後ろの壁におもむろに手を添え、小さく呪文を唱えると、何もなかった壁に真白な扉が現れた。タイリーが入っていた箱と同じ、蔦の模様の描かれた扉。ドアノブはなく、師匠の魔法のみで開く仕組みのようだ。
「壊されたり盗まれたりしないように、普段はこうして隠しているんだ。だから誰にも言わないでおくれよ。まあ仮に言ったところで、この扉は私にしか開けられないけれどね」
微笑みながら話し、扉に解錠魔法をかける師匠。どこからともなく吹く風が、師匠の蝶結びのツインテールをふわふわと優しく揺らす。少しして解錠魔法が成功したらしく、扉がぱあっと淡い光を放ち、消えた。
「さあ、お入り。〈皆〉も待っているよ」
師匠が手招きする。中を視認できないくらい眩く白い光が溢れるその部屋へ、私は、足を踏み入れた。
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