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翌日。オリエンテーション。
部活動。目ぼしいものは、正直見当たらなかった。
運動は全般的に人並み、と言うよりは苦手であるし、文化系の部活動もピンとくるものはなかった。愛好会の類に至っては得体の知れない活動内容ばかりで、正直惹かれない。
「このままじゃ本当に帰宅部になっちゃう……」
アリヤは肩を落とす。トモハルは早速サッカー部の体験入部に引っ張られて行ってしまったので、今日はひとり。ひとりは久しぶり。良くも悪くも羽が伸ばせる。
「学園の中、探検してみようかな……」
一階。一回生の教室。
二階。二回生の教室。
三階。三回生の教室。
渡り廊下の向こう側は選択授業の専用教室が立ち並ぶ。理科室だとか、美術室だとか、音楽室だとか。
「音楽室、かあ……」
少しの間、扉の前で立ち尽くす。室内から僅かに聞こえてくるピアノの音に、懐かしさを覚えて。
「やっぱり、心落ち着くのはこういうのなんだよなあ……。音楽……」
「あら。新入生ね?入部希望?音楽部だけど」
明るい声。女性か。振り向くと、自分より少し背の低いウサギが立っている。自分と同じブリタニア・ペティットか。赤い瞳が美しい。何やら紙の束を持っている。譜面、だろうか。
「あ、いえ、入部希望ってわけではないんですけど……学園内をふらふらっと見て回ってて」
「そう。ここは音楽部、というか合唱部っていうかコーラス部ってところかなあ。みんなで楽しく音楽やってるわ。まあ、音楽もいいものよ。男子校で音楽漬けの青春を送るっていうのも一興ね。もしよかったら検討してみてね」
「え、あ……はい……」
じゃあね、と言うと女性は古びた重扉を勢いよく蹴り開けて、音楽室へと入っていく。少し経ち、乾いた音がして、重い扉はがちゃりと閉まった。
「――! じゃ――――、では――」
先ほどの女性の話す声が、ところどころ聞こえてくる。顧問の教師なのだろうか。重い扉のその向こう、音楽を嗜む生徒たちがいるのだろう。
はい、なんて頭返事に答えたけれど、アリヤ自身、歌を歌うことは苦手だった。内気な性格が災いして、直接自己表現ができない。
だがその代わりに、フルートを用いて壇上で旋律を歌い上げるアリヤは、まるで別人のようだった、と。演奏会を見にきてくれていたトモハルや友人が絶賛してくれたのを覚えている。
それほどまでに、楽器は。フルートは。自分を表現するのに大事なモノなのである。楽器というひとつのフィルターを通してこそ、アリヤは輝ける。
音楽はいいもの。
そんなことは、分かりきっている。
「――――――」
厚い扉。その向こうでは音が紡がれているのだろう。
もう一度手にしたいような。もう手にしたくないような。相反する気持ちが段々と混ざり合う。
「――でも、やっぱり」
震える手。
後ろめたい気持ちを振り払うかのように首を振ってそれから、まだ見ぬ廊下を歩きゆく。霧の中をゆく心地がして、自分がどうしたいのか、何をしたいのかが見えなくなって。気持ちだけが焦る。
どうにか、何か答えを探したいと、アリヤはただそれだけを思ったのだった。
「帰ろ……」
放課後特有の闊達な空気の中、自分だけは浮き上がれず、逆にどんどんと沈みゆく感じ。取り残されていくようで。まだ始まったばかりだというのに、早くも息苦しい。
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