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やがて、絵が完成し、詩が筆を置いた。
小さく息を整える。
信継が身を少し寄せ、文机を覗き込む。
「ホントに、うまいもんだな」
「…」
「絵師になれる」
詩は絵を描くのが好きだった。
三鷹では、小さい頃からある程度自由に野山も駆け巡らせてもらっていた。
だが、戦のたび、城から出られない日々もありーーそんな時、守られるだけで何も手伝えなかった幼い詩は、部屋で筆をとった。
それから、絵を描くことは詩の趣味の一つになっていた。
今、詩が描いたのは、『銀』ーー三鷹の姫である、詩の愛馬だ。
あの日、牙蔵に囚われた時。
銀もこの高島に連れてこられている。
きっとこの城にいるだろう銀。
それを詩は描いていたのだ。
「この馬は?」
問われ、詩は小さく言う。
「…銀、です」
鈴を転がすような、詩の透明感のある声に、信継は笑顔になる。
『桜が、自分の問いに答えてくれた』それだけでワクワクした。
「銀?」
詩はコクンと頷いた。
「…」
気付くと、身を乗り出して文机を覗き込んでいる信継と詩との距離がーー近い。
「銀は、桜の馬か…」
詩の描いた馬の『銀』は、額のところに星型の模様があった。
思案顔の信継を、詩はまた、不思議な気持ちで見ていた。
ーーその時。
「…これは…どういうことです?」
襖が開き、わなわなと震える仁丸がーーそこに立っていた。
一生懸命お勤めを済ませ、さっさと湯を浴びた仁丸は、さっぱり身を整えてから急いで詩のもとに来たのだ。
するとそこには既に、ちゃっかり信継が居座っていたのだった。
詩の前に座って、顔を近づけて、にこやかにーー
「おー、仁丸か」
「兄上、『おー、仁丸か』ではございません」
詩は、畳に手をついてぺこりと頭を下げた。
目の据わった仁丸。
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