束の間の日常

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「仁丸。 俺たちは『運命共同体』。 ならば、俺がここに来る権利だってあるだろう?」 胡坐を掻いていた信継が仁丸を笑って見つめた。 「はぁ… 兄上、近い、近いです。 もう少し離れてくださいっ 桜が緊張しています」 「ん?」 信継は詩を見て顔を上げーー思っていたより結構近づいていた距離にわずか頬を染める。 文机を覗き込んだまま、前かがみだった身を起こした。 仁丸が信継と詩の間、狭い隙間に割り込むように腰を下ろす。 「お」 意外に積極的な仁丸に信継は少しびっくりする。 「桜、昼間は驚かせてすみません」 詩は小さく首を振った。 「ああ、キレイだ… 美しい馬、ですね」 仁丸は文机の上の絵を見ると、感心したように詩を見つめた。 「なんと美しい… …桜は絵がとても上手だったんですね。 こうして、知らなかった桜のことを一つずつ知ることができるのは… 僕の歓びです」 「…」 信継は2人のやり取りを腕を組んで見つめる。 初心(うぶ)で子どもだと思っていた弟の仁丸が、急に大人びて見える。 がーー 微笑んで話しかける仁丸に、”桜”はぎこちなく。 返答に困っているように信継には見えた。 ーーまだ、だ。 ”桜”に話しかける仁丸を見て、信継は確信する。 触れそうでいて、それでも衣さえ触れあわない微妙な距離。 ”桜”の表情。 ーー『』 2人の間には、まだ何も、ない。 これはカラダを重ねた2人の空気感では、全くない。 信継も、女子に疎いとは言っても、経験はそれなりにはある。 正直、ホッとした。 信継の口角が上がる。
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