禁断

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 寝床の段ボールをめくると、底面には黒いカビがびっしり生えていた。底と路面の隙間に手を突っ込み、紙袋を取り出す。ここに堕ちた時押し込んでから、封印を解くのは初めてだった。  紙袋の中身は本が一冊きりで、茶色く堅い表紙のその厚い本は、世界で最も多くの人に読まれていた。紙面に汚れはなく、カビも生えていない。聖別の尊さにため息をつきながらページをめくる。創世記のくだりである。  神は人を創り、人の肋骨から女を創った。そして二人を楽園に住まわせた。  楽園の男女は食べてはならぬと言われた禁断の果実を、蛇の誘惑に負けて口にした。神の言いつけを守らなかった二人は、その罪で楽園から追放された。  禁断の果実。知恵の実。最初の人間。蛇の誘惑。「私を食べて」と誘うのは、とぐろを巻いた蛇。脳髄。ダムさんはその誘惑に耐えた。しかし「肋骨から生まれた女」は…。  全裸で路上に倒れていた男。過去の記憶がないその男に、閃くように自我を与えられた最初の人間「アダム」の名を与えたのは私だった。 「ここはまるで楽園ですね」  澄んだ瞳を思い出す。愚かさと善良さが損なうことなく一つとなった彼の姿は、原初の人間そのものなのかもしれない。  知恵としたたかさを手にいれた「イブ」は、この楽園を独りで去り、いったいどこへと向かったのだろうか。
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