禁断

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 暑気は去り時を失ったようにいつまでも居座り続けた。体力の無い者は最後の力を振り絞り「人道的にいかがなものか」と、日頃馴染みのない論説口調で都政や国政に食ってかかった。自分たち弱者を救済すべきだというのだ。報道のカメラが来ている絶妙なタイミングで行ったそのパフォーマンスは「虫のいい理屈」とテレビの前では黙殺されたが、一方で先回りして顔色を伺う役人は、慌てて何人かを病院に放り込んでお茶を濁した。言い出しっぺのお仲間はその中に含まれず、死に体で再びカメラが訪れるのをじっと待っている。  ダムさんの水泡は成長を続けた。上側は複雑に枝分かれしており、下側は太股の裏まで回り込んでいる。左胸の端で黒々と光沢を放つほくろと目が合い、何かに似ている…と考えた。  その瞬間、答えは出ていた。人間だ。それも、女である。  一度そのつもりで見ると、もうそうとしか見えない。枝分かれした部分が横顔で、喉元、肩、豊かな胸に張った腰と、きりもみ状にひねった肢体が浮かび上がる。生白く透き通った肌から内部に溜まった水が透けているが、それは内蔵の蠢きを思わせた。  痛みは既に無いらしい。水泡が破れるのを恐れてか、わき腹をさすることもしない。代わりに頭を抱えて叫ぶことが増えた。昏い瞳を足元に向け、じっと何かに耐えながら、時折思い出したように叫び出す。  あれだけいた取り巻きは、一人、また一人と去っていった。  もともと自分のことしか興味の無い連中だ。ダムさんの善良さに変わりはなかったが、出来物がうつるのは怖かったし、大声で安眠を妨げられるのもごめんだった。私にしても同じである。側近でいた時間は、歴代の中で最短だっただろう。  貢物がなくなり、ダムさんは自力で食べ物を探さねばならなくなった。大きな眼を虚ろにして、路地裏をさまよう。寝床も奪われ、雨が降れば水たまりができる劣悪な場所へと追いやられた。  もっとも、ダムさんがそれを気にしている風はない。やつれた顔で彼方を見つめ、神に感謝して眠りにつく。  だから死んだ時、彼は独りだった。
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