セツナラセン ~金木犀の涙~

6/8
前へ
/8ページ
次へ
♫♪♫ 「フユト……どうしたの?」  聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。驚いてはいたけど、嫌な顔をされなかったことにひどく安心した。 「あー……元気かなって。もう風邪は治った?」 「ありがとう。おかげさまですっかり元気」 「そっか、よかった」  話したいことはたくさんあったはずなのに、うまく舌を転がっていかない。結局、これに頼るしかない。 「春菜に聴かせたい曲があって」  ズボンのポケットからスマホを引っ張り出す。胸ポケットにしまっていたワイヤレスイヤホンを片方渡して、耳に突っ込む。春菜も耳に嵌めたのを確認して、再生ボタンを押した。すぐに目を閉じて、左足でたんたんとリズムを取り始める。唇の両端がきゅっと上がって、やっぱり春菜もこの曲好きなんだなってわかったら、嬉しくて。 「この曲どうしたの?」 「元気が出る曲だって、もらったんだ」 「いいね。去年行った海思い出しちゃった」 「俺も、思い出した。また行きたいな」  その言葉に返事はなかった。春菜の表情を窺うと、遠くを見つめるその瞳には切なげな色が宿っている。 「……春菜? 今、何考えてる?」  春菜はびくりと肩を震わせ、怯えたように俺の目を見た。俺自身も、随分と低くて冷たい声が出たことに驚いていた。春菜の唇が一度固く結ばれた後、そっと震えた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加