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♫♪♫
「フユト……どうしたの?」
聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。驚いてはいたけど、嫌な顔をされなかったことにひどく安心した。
「あー……元気かなって。もう風邪は治った?」
「ありがとう。おかげさまですっかり元気」
「そっか、よかった」
話したいことはたくさんあったはずなのに、うまく舌を転がっていかない。結局、これに頼るしかない。
「春菜に聴かせたい曲があって」
ズボンのポケットからスマホを引っ張り出す。胸ポケットにしまっていたワイヤレスイヤホンを片方渡して、耳に突っ込む。春菜も耳に嵌めたのを確認して、再生ボタンを押した。すぐに目を閉じて、左足でたんたんとリズムを取り始める。唇の両端がきゅっと上がって、やっぱり春菜もこの曲好きなんだなってわかったら、嬉しくて。
「この曲どうしたの?」
「元気が出る曲だって、もらったんだ」
「いいね。去年行った海思い出しちゃった」
「俺も、思い出した。また行きたいな」
その言葉に返事はなかった。春菜の表情を窺うと、遠くを見つめるその瞳には切なげな色が宿っている。
「……春菜? 今、何考えてる?」
春菜はびくりと肩を震わせ、怯えたように俺の目を見た。俺自身も、随分と低くて冷たい声が出たことに驚いていた。春菜の唇が一度固く結ばれた後、そっと震えた。
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