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夜の街は、冬の冷え込みの中で静まり返っていた。
平日の深夜となると人通りがほぼ絶えるこの街の、駅前から離れた県道の傍らに、五階建ての古い廃ビルがあった。
その屋上に、筆先で小さく墨をつけたように、人影が二つ立っている。
「……高いですねえ。寒い」
風にかき消されそうな頼りない少年の声に、
「低かったら意味ないし、今は冬だし」
とにべもない少女の声が答える。
「暗くて怖くないです?」
「あたしたちは『闇の眷属』でしょうが」
二人は、手すりもない屋上の端――人の立ち入りを想定してはいないので当然だが――ぎりぎりに立っていた。
少年は、高校二年生になるが、同年代の平均よりもやや背が低い。少女は、高校一年生なのだが、こちらも小柄だった。
穏やかな顔立ちの少年は、中途半端な長さのカラス色の髪を寒風に揺らしている。傍らの少女は、ややきつめの双眸を湛え、暗い落ち葉色の髪を長く伸ばしていた。
「あの、下の歩道にいる豆粒みたいなの、依頼人ですよね? もし違ったら、飛び降り損なんですけど」
なぜか、年上の少年の方が敬語で話している。
少女の方は遠慮がなかった。
「あたしが下に行って見てくる。本人だと確認できたら合図を送るから、さっと飛び降りなさいよ」
「気を付けてくださいよ。一応本家仕様の霊力を込めたロープですから、途中で手を放しても落ちたりはしませんけど、地上までの長さにつないだのは僕なんですから」
「だから信用してるんじゃない」
少年は軽く嘆息した。
「下、見ないように降りてください」
「はいはい」
「抱いておりましょうか」
「変態」
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