自殺代行はじめました

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 数分後、少女の姿は地上にあった。  所在なげに歩道に立っていたのは、やはり依頼主の、三十路前後のサラリーマンだ。少女が声をかける。 「早田さん、ですね。今日は真夜中にお越しいただいて」 「あ、ああ。君が、『自殺代行屋』さん?」 「ええ。あたしは、代表の坂本蓮(さかもとれん)。そして上にいるのが、蓬生寺千生良(ほうじょうじちきら)。お代は前金でいただいてますので、よろしければ、今すぐにでも始めます。死に方は飛び降りでよろしいですね?」 「はあ……」 「ではさっそく」  蓮と名乗った少女は、ペンライトを取り出すと、チカチカと上に向けて合図をした。  すると、すぐに、ビルの上の少年の人影が宙に踊った。  数秒後。  地上にいた蓮とサラリーマンの目の前で、落下してきた少年の体が地面に叩きつけられた。  肉が飛び散り、血がしぶいて、骨が散らばる。どう見ても即死だった。 「ひっ、ひいいいっ!?」 「はい、死にました。依頼主さん、あなたは今ここで亡くなったのです」 「死んだ……俺が……」  ちりん、と鈴の音が、どこからか響いた。 「そうです。そして生まれ変わったのです。一度死んだ身です、もう怖いものはありません」 「怖いものは……ない」と言うサラリーマンは、茫洋としている。 「ええ。あなたが自殺を望んだ原因は、職場の上司の陰湿かつ継続的なハラスメントでしたね。その苦痛から、あなたは死を選んだ。そして今、成し遂げました。普通ならそこで人生は終わりです。しかし今死んだのは代行ですから、あなたはまだここにおられます」  蓮は、サラリーマンに歩み寄る。 「あなたはもう自由です。憎い相手を、決して自分は反撃なんてされないと信じているそいつを、殴り倒すこともできます。でも、周囲に事実を伝えて助けてもらうこともできます。全ての選択肢から、最も自分のためになるものを選ぶことができるのです」  再び、ちりん、と鈴が鳴る。  サラリーマンは、とろんとした目で答えた。 「でも……人が一人、俺の代わりに……」 「それについてはご心配なく。千生良ッ」  少女が声を上げると、その辺りに散らばっていた少年、蓬生寺千生良の体の破片がうごめき始めた。  やがてひとところに集まった血肉は人間の形になり、血みどろでねじ曲がった体で、しかし歩道にすっくと立ちあがった。 「ご覧の通り、自殺役の彼は不死身です」 「ふじみ……すごい……」 「そしてあなたは、今夜のことを覚えていません。ただ、自分が確かに生まれ変わったという感覚だけを有しながら、新しい明日を生きるのです」  ちりん。  蓮が後ろ手に鳴らした鈴の音に送られるように、サラリーマンはふらふらと帰途についた。 「凄いわねー、この鈴」 「拍冷(はくれい)ですね。さすが本家の術具です」と血まみれの千生良がうなずく。 「ま、仕事終わったし早く帰ろ。明日も学校あるんだし。あんたも、早く体修復させなさいよ」
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