自殺代行はじめました

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■  翌日、放課後。  千生良は、高校の校舎裏に呼び出されていた。 「あの、蓬生寺くん。自殺代行、ていうのをしてるって本当……?」  そう言ってきたのは、同じクラスの百瀬朋乃(ももせともの)だった。 「本当です。誰から聞きました?」 「何か、噂で……」 「予想外に有名になってしまってますかね。で、死にたいんですか?」  朋乃は、黒いセミロングの髪がつややかな、快活で人当たりのいい生徒で、クラスの中でも人気者のはずだった。  少なくとも千生良には自殺の動機が思い当たらない。 「ま、まだ決めたわけじゃないんだけど」 「では、お話を伺います。よければ事務所までお連れしますよ」  事務所――というよりどう見ても潰れている廃工場の一室に、朋乃は通された。  痛みきったテーブルの向かいで、蓮と並んで座った千生良が、両手を軽く広げた。 「では、事情をお聞かせください、百瀬さん」 「どうして蓬生寺くん、クラスメイトの私にも敬語なの……?」 「習慣です。蓮なんて一個下なのに、僕は敬語で接してますし」 「別にあたしがそうしろって言ったわけじゃないんだからね。それで百瀬先輩、どうして死にたいの?」  明らかに千生良よりも蓮の方が態度が大きいことに戸惑いつつ、朋乃は、自分の家庭環境を語った。  若い養父の暴力。朋乃の実父を、その人のよさに付け込んで無一文で家から放り出し、財産の大部分を得ながら養育には無関心の母親。 「冬はいいよね、長袖だから。私、体中あざだらけなの。必要なら、見せるけど……」 「いえ、結構です。しかし、百瀬さんが死んだところで何かが改善されるわけではないように思えますが」  そう言う千生良に、朋乃は告げた。  同級生の恋人ができた。心から信頼し、惜しみない想いを分け合える相手。その人に、先週の終わりに、傷を見られた。  うっかりして、袖が捲れているのに気付かなかった。それをきっかけに、聞き出されるまま、朋乃は自分が受けてきた養父からの虐待をことごとく彼に話した。  わずかに、朋乃への彼の心が揺らぐのを、朋乃は感じた。そしてその揺らぎがやがて致命的な欠落になることを、朋乃は彼の人格を深く見つめていたからこそ、察してしまった。  同い年の恋人は、悪い人間ではなかったが、朋乃が特殊な環境で育ってきたことを知って、その上でどのように交際すればよいのかを理解するには幼な過ぎた。  今週になって、朋乃は、自分から彼に別れを告げた。逆になれば、耐えられないことは分かっていた。 「一度、私をなかったことにしたいの。そうしなきゃ、もうどこにも進めない気がする」  そう言ってうつむいた朋乃に、今度は蓮が訊いた。 「自殺代行をしても、傷が消えるわけでも、親が変わるわけでもないわよ?」  朋乃はうなずく。その目から、一つ、二つ、雫が落ちた。 「彼が本当に好きだった。その上、一度は私と向き合ってくれた。あの嬉しさも辛さも、忘れるなんて、生きてる限りできっこない」  蓮は首を縦に振って、告げる。 「分かった。自殺代行を引き受ける。今日ここでした話は、自殺の時まで忘れて――」  鈴の音が響く。 「――忘れてね。ところで、お好みの死に方はある?」  そうして、朋乃の自殺代行の日は、その週の金曜の夜と決まった。
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