自殺代行はじめました

4/7
前へ
/7ページ
次へ
■  金曜の深夜。  一塊の冷たい金属のような夜空の下、千生良は、死に場所に指定された高校の屋上へ上がった。  既に朋乃が到着している。蓮はまだだった。 「やりますね、夜中の屋上に忍び込めるとは」 「学校のセキュリティなら、一回くらいは、その気になればなんとかなるよ」  二人は並んで、屋上をぐるりと囲む金網のフェンス越しに街を見下ろした。 「百瀬さん、今日はありがとうございます」 「えっ、自殺代行を頼んだことが?」 「いえ、死に方に首つりを選んでくれたことです。リストカットは思い切り手首を切らなきゃならないし、練炭や溺死は文字通り死ぬほど苦しいし。痛覚はで遮断できますけど、やっぱり苦しいんですよね、なぜか。だから飛び降りと首つりが一番ありがたいんですよ。簡易式の首つり台くらい、ここにすぐに作れますからね」 「……どういたしまして」  持ってきた道具を、ウインクして指差す千生良。朋乃は術というのが少し気になったが、別のことを訊く。 「あの、蓬生寺くんて、蓮さんのことが好きなの?」 「ええっ!?」  千生良が大仰に飛び退った。 「なぜそれを!?」 「自分が人を好きになったら、何となく人の気持ちも分かるようになっちゃったみたいで。特に千生良くんは分かりやすいけど」  既に、千生良は完全に赤面している。 「まあ一応、相思相愛です……」 「わあ。じゃ、付き合ってるの?」 「とんでもない。蓮は既婚者ですから指一本触れられません」  朋乃が、ぴたりと動きを止めた。 「……え?」 「結婚してますよ、蓮は」 「……だって、あの子……まだ一年でしょ?」 「ですから、十六です」 「相手は、誰……」 「僕と蓮の幼馴染で、坂本東吉郎と言います。十八歳。今はアメリカに留学中でして」 「待って、情報量が多すぎる……」 「うーん、かいつまんででよければ、お話ししますが」 「……聞いてよければ」 「僕や東吉郎の家は、闇祓いと言いまして、妖怪や悪霊を退治するのが生業なんです。蓮はごく普通の家の子です――術具があれば初歩的な術くらいは使えますけど――が、よく三人で遊んでいました。さて、中学三年のある夜、三人での勉強会の帰りに、蓮が襲われました。相手は吸血鬼です」  理解しがたい言葉の連発に、朋乃は必死についていく。 「夜道で不意打ちされ、朋乃は胸を爪で貫かれて致命傷を負いました。そこに居合わせた僕が、禁呪を施して、僕の生命を朋乃の心臓に宿しました。これで朋乃はひとまず助かりましたが、まあ僕は生命をあげちゃったので、本来ならそこで死にます。が、僕の忘れ物を持った東吉郎がそこに来てくれました。そして二人でもう一つ、僕の体を不死身にする禁呪を施したのです」 「なあに身の上話してんのよ」  いきなりの声に、びくりと朋乃の体が跳ねる。屋上の入り口に、蓮が姿を現していた。  千生良は朋乃の胸の辺りを指差した。 「不死身と言っても、僕の生命の本丸を朋乃の心臓に設定することで、この身を人形同然にする、というものですが。これでも僕と東吉郎は本家――闇祓いの家をこう呼ぶのですが――では未来を嘱望された術者でしたから、それくらいはなんとかできました。ですので、朋乃の心臓が破壊されれば、朋乃も僕も死にます」 「参ったわよねー。ほんとは受験の息抜きに、もっと別の術を試すために術具をかき集めてたんだけど、あの時に全部つぎ込んじゃったのよね」 「ねえ。もったいない」  そう言って、自殺代行の二人は肩をすくめる。 「ちなみにですね、件の吸血鬼は、まあ不死身になった僕と東吉郎が揃ったわけなので、その場で倒しました。問題はここからです。禁呪を使った僕と、その対象である朋乃は、本家が『闇の眷属』と呼んで忌み嫌う存在になり果てました。東吉郎の禁呪使用は証拠が残ったわけではないので、内緒にできましたが。結果、僕は本家の嫡子から、その本家の討伐対象になったのです」 「本家って、要するに千生良の実家だから、ひと悶着はあったんだけどね。あたしはともかく、闇祓いから闇の眷属が出たのは、前代未聞だったみたい」 「揉めましたよねえ」 「ねー」  朋乃はもう、何を言っていいのか分からない。 「そこで僕らは、一計を案じました。東吉郎と蓮が結婚するのです。東吉郎の家も闇祓いですから闇の眷属との婚姻なんて大問題なのですが、強引に彼が婚姻の術義を施し、晴れて二人は霊的に夫婦となりました。その後、今年になってから法的にも婚姻関係を結びましたが。闇祓いの血族にとって、霊的な婚姻は霊力の根幹にも関わる秘儀であり、無理に破れば東吉郎の霊力が壊れます。だから彼の実家は渋々結婚を認めました。そして、蓮に命を預けており従属下にある僕も、討伐対象から外してもらえたのです」  しゃべりながら、千生良は、先ほど示した「簡易式の首つり台」を組み立て始めた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加