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第4話 沙羅さんはみんなの人気者
(1)
沙羅さんからは、何やかんやで三枚の絆創膏を頂いた。
お陰でその日、入浴した後に再びあの絆創膏を貼ることができ、私は密かに喜びに浸っていた。まるで初めてアクセサリーを身に付けた子どもみたいに。
絆創膏という狭いキャンバスに描かれた夜景は本当に美しく、手の甲を見る度に私は完全に浮かれていた。
「あれ? 小鳥さんの付けてるのって、沙羅さんがデザインした絆創膏じゃないですか?」
だからこそ、私の日常を守らんとするガードは、今の今まで完全に緩みきっていたのだ。
「え、なになに、あの麗しの沙羅さんがどうしたって?」
「小鳥さんが手に付けてる絆創膏ですよー。可愛いデザインだな~って思ってたんですけど。よく見たらそれ、沙羅さんがデザインしたって話題になっていたものとそっくりです!」
「え。小鳥ちゃんどこか怪我したの?」
「っていうか、沙羅さんって沙羅さん? CG部所属の麗しの女神?」
総務部内には、「沙羅さん」という言葉が瞬く間に蔓延していった。弾んでいる会話の中で、私は全身にじとりと冷や汗が滲んでくる。
ど……ど……どうしようぅぅぅう……!?
まさか絆創膏ひとつで沙羅さん音頭が巻き起こるとは思ってもみなかった。自分の失態を後悔しながら、私はひとまず逃げようと静かに腰を上げる。
「ちょうどお出掛けでしたか、小鳥さん」
「ひえっ!?」
まるでタイミングを計ったかのように、微笑みを讃えた沙羅さんがそこには居た。
沙羅さん、せめて廊下に出たところで声をかけてほしかったです……!
唐突に現れた話の渦中の女神に、総務部は一斉に桃色の小花が散りばめられた。
「ど、どうかしましたか、沙羅さん……?」
「用が無いと、会いに来てはいけませんか」
「そ、そういうわけではありませんっっ、そうじゃないんですが……!」
「はは。冗談ですよ」
小声で大声を上げる私に、沙羅さんはくすくすと楽しげに笑みをこぼす。どうやら目の前の女神様は、私を慌てさせるのが大層お気に召したみたいだ。
内心半ベソになっている私に気付くことなく、沙羅さんは「すみません」と短く謝ってから話を進めた。
「昨日集めていただいた資料のことです。ありがとうございました」
「あ……」
昨日の夜に、半ば強引に手渡した資料。わざわざお礼に来てくれたのか。
「いいえ! あんなものでお役に立てれば!」
「あんなものなんて。柊チーフも絶賛していましたよ」
「え……柊チーフ、ですか?」
「小鳥さんは、印刷室で企画書を拾ったほんの一瞬で、必要な資料を把握したんでしょう」
「あ、は、はい。でもそれは」
「普通、あそこまで的確に取捨選択の判断は出来ません」
困惑を宿した私の瞳に、沙羅さんは優しく微笑みかける。
「柊チーフが、貴女はもっと自信を持って良い人だと言っていました。俺もそう思いますよ。小鳥さん」
ごく自然に私の頭をひと撫ですると、沙羅さんはそのまま自分の部署へと戻っていった。
呆気にとられていた私だったが、撫でられた頭をそっと自分の手でなぞり、今の言葉をかみしめる。
私が、もっと自信を? それはまた、とてもとても難しいことだ。
でも、そういえば同じようなことを、よく柚にも言われている。
私からすると、柚や沙羅さんが目の前にいながら自信を持つなんておこがましいにも程があるというものだ。
「こ・と・り・ちゃ・ん???」
まずい。忘れてた。囲まれた。
いつもは優しい先輩に後輩にチーフまで、今この時点で私の味方はいないらしい。
せっかく逃亡するために立ち上がったはずの私は、総務部の全員にまんまと四方八方を取り囲まれていた。
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