第5話 沙羅さんは最強のお友達

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(4)  素の返しを受け、一瞬返答に窮してしまう。  何故なら、今の今までこの一言で周囲には納得してもらっていたからだ。 「どうして慧人は、小鳥ちゃんと付き合わないって言い切れるの?」 「え、え? それは」 「俺は、そんな風には思わないけどな~?」  ご飯を頬張りながら、柊さんは首を傾げる。 「むしろ、慧人の方が小鳥ちゃんを気に入ってるように思ってたよ。そんで俺のことは、要警戒人物と思ってるみたいな」  楽しげに笑う柊さんだったが、私はいまいち信じられずにいた。沙羅さんの言葉には、いつも曖昧な何かが漂っているから。 「ただ、さっきみたいな雑音がしんどいようなら、アイツはあまりお勧めしないな」  すっと周囲の温度が下がるのを感じた。  思わず柊さんを見てみると、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。 「アイツは会社の中でも外でも人を惹きつけちまう奴だからな。さっきの馬鹿女共みたいに、無駄口叩く奴もいるだろう」 「そう、ですね」 「はは、なんてな。こんなこと言ったってバレたら、俺も慧人に半殺しにされるかも……」 「でも、私は大丈夫です」  半ば無意識に出ていた言葉だった。  笑顔で告げたつもりだけど、もしかしたら少しだけ剥きになっていたのかもしれない。 「私、昔から男子に虐められてたんです。だから、そういうのには耐性がありますし!」 「え。小鳥ちゃんが? そんなに可愛いのに? ああそうか。好きな子ほど虐めたくなるってやつなのかな──、」 「そ、それにですね……!」  軽口を挟まれつつも、私は思いの外はっきりと先を続けた。 「沙羅さんはっ、私の人生初めての男友達なんです……!」  張り上げた声が、予想以上にレストランにこだましてしまったことに気付く。  かああっとみるみる顔が熱くなるのを感じ、俯いてしまう。 「わ、私が沙羅さんと釣り合わないってことは、十分わかっていますから。それでも私、沙羅さんが好きなんです」  少し目を丸くした柊さんに、私はむんっと意気込みを見せつけた。 「だからっ、これくらいへっちゃらです! 辛いことを言われたら今日のおやつのことを考えればいいし、資料が無くなればまた一から作り直せばいいですから!」 「資料?」 「う、あ、と、とりあえずっ! そんな訳なので、私のことなら大丈夫です……!」  まずい。思わず熱くなってしまった。  私は取り繕うように笑顔を浮かべながら、手持ちぶさたな手にメニュー表を取った。 「今日は朝から太陽サンサンで……仕事日和ですね! まだお腹に入りそうですし、何か甘いものでも食べようかなぁ……っ?」 「あ、それじゃこのパフェはどう? 前に俺食べたんだけど、後味がすっきりして美味しかったよ」 「あ、それじゃあこれにします。私、チョコレート大好きなので」  柊さんが勧めてくれたチョコレートコーヒーパフェで糖分補給を十分に終える。そしていつの間にか会計を済ませていたらしい柊さんとともに、私は会社に戻った。 「俺。小鳥ちゃんのこと本当に気に入っちゃったかも」 「へ?」  先に総務部があるフロアにたどり着き、エレベーターから降りる。奢ってもらったことで何度目かわからず頭を下げていると、頭上にぽつりと呟きが落とされた。 「またランチご一緒しようね。小鳥ちゃん」  柊さんが快活な笑顔にピースサインでエールを送ってくれた後、エレベーターの扉はゆっくりと閉まった。 「小鳥さんっ、お疲れさまですー!」 「うん。お疲れさまー!」  後輩達が「あまり無理しないでくださいね」と残してオフィスを後にした。  ふう、と一息吐いた私は、静まり返ったフロアを眺める。レコーダー起こしを終えた私は、午後からは翻訳作業に入っていた。戸塚さんの机から拝借した英和辞書を傍らに、黙々と目の前の英文を紐解き続ける。  時計を見上げた。まだ九時前か。  よし。このページを終わらせたら、コーヒーを淹れてこよう。  小さな楽しみで自分を奮起させ、再び私は作業に戻った。  ……そして数時間後。 「う、い、いたたた……」  先ほどからぼんやりと感じていた違和感が、急に刺すような痛みに変わる。  私は走らせていたペンを置き、悲鳴を上げるお腹を押さえていた。何だろう。さっきからお腹が苦しい。  ひとまずお手洗いに、と席を立ち上がった途端、頭上から一気に血の気が引くのがわかった。ガタン、と派手な音を立てて床に座り込んでしまう。  それと同時に、嫌な予感を覚えた私はとっさに自分の鞄を漁った。 「こんな時に限って、ないか……」  ポーチに手を突っ込んだものの、見つかったのは鎮痛剤だけだった。絆創膏と一緒に、ナプキンも補充しておけば良かった……!  心の中で嘆くものの、ひとまず薬を飲まなければ。重い身体をどうにか起こし、私は給湯室に向かって足を進めていく。  しかし、通路に出たと同時に、再び鋭い痛みが襲ってくる。縋るように再び周囲を見渡すも、総務と経理しか入っていないこのフロアには誰も残っていない。力が入らず、再び私は床に腰を落とした。 「小鳥さん?」  微かに耳鳴りが混じる耳に、うっすら届いたのはあの人の声だった。
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