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第7話 沙羅さんは大切なお友達
(1)
白い月を微睡み半分に見上げた。今夜だけでもう何度目だろう。
しんと静まり返る自分の部屋。視線を向けるともう日をまたいでいる。いつまでたっても夢の世界に入っていけない私は、枕を抱きかかえるように寝返りをうち、そのまま顔を埋めた。
理由はわかってる。瞼の裏に彼が住み着いてしまったからだ。
あの月のように綺麗で、大人で、優しくて。こんな私をいつも気にかけてくれている大切な人。大切な──“友達”。
これから、いったいどうしたらいいんだろう。
気付いてしまった途端、まるでこの身体に溢れ返るように膨れ上がった恋心に、私はぎゅうっと瞳を閉じた。
「こっとりちゃーん!」
伸び伸びと元気な声が、半分寝ぼけたままの私の耳に眩しく届いた。
「あ……柊さん。おはようございます」
「おはようさん! 出社ん時に会うのは初めてだなぁ~小鳥ちゃんもJR組?」
「あ、いいえ。私は駅まで自転車です」
「そかそか~。いや~今日はまたいい天気だなぁ~」
朗らかに横に並ぶ柊さんに、自然と笑みがこぼれる。
沙羅さんよりも少し高い身長で向けられる大きな声は、見知った当初こそ怯える要素でしかなかった。それが今では、こうして普通に会話を交わすことが出来ているのだから、人生は何があるかわからない。
これも沙羅さんのお陰だな。そう考え至った私は、無意識に顔を俯けた。
「うん? どうした小鳥ちゃん」
「あ、な、何でもありません……っ」
「もしかして、また何か悩み事?」
柊さんが微かに声量を落とす。恐らく、先週の資料を紛失した出来事が頭をよぎったのだろう。
「いいえいいえ! そんな大層なことじゃないんです」
「ま、何かあったら聞くからさ。飯とかいつでも付き合うし!」
元気づけるように頭に乗せられた手のひらに、私は笑顔で礼を言う。
「ああ、そうだ! 多分まだ小鳥ちゃんの耳に入ってないと思うんだけどさ」
ぽむ、と手を打った柊さんが、快活な笑みで口を開く。
「今日はきっと、ビックリすることがあるよ。小さな悩みなんて吹っ飛ぶくらいのな!」
そんな小さな悩みなんて吹っ飛ぶくらいな出来事は、朝礼の時間に早くもやってきた。
「新規プロジェクトに、私が加わることになった!?」
間の抜けた声が、総務部のフロアに響く。
その場に立ち上がった私に、周囲からは賞賛の拍手喝采が沸き上がった。女性ながら総務部を一手に率いる巴チーフも、ご満悦な様子でうんうんと腕を組んでいる。
「私もね~、常々疑問に思っていた訳よ。確かに私たちの所属は総務部よ。それは紛れもない事実だわ」
ため息混じりに語った巴チーフ。しばらく哀愁漂わせる表情を浮かべていたものの、即座にドン、と自らの机に拳を下ろした。
「だがしかーし! 内情は半分以上が他部署からの雑用依頼もしくは下請け作業! それでいて、出来上がった制作物にあがるのは他部署の担当者名のみ! 私は思った! これはあんまり理不尽な慣習じゃないかとね!」
「そうだ!」「その通りだー!」とたちまち周囲から上がる声。さながら戦国時代に挙兵するかのごとき演説に、私は一人ぽつんと取り残されてしまう。
皆さん意外と野心家なのね、と変に感心したところで、「そこでっ!」と突然突き刺された巴チーフの人差し指に私は肩を震わせた。
「我が総務部の隠れエースである堀井小鳥っちに! 今回我が社で担当することになったプロジェクトの一員として一旗揚げて貰おうというわけよ!」
「え、ええ……えええええっ!?」
何だかもう色々と突っ込みたいところだが、ひとまず沸き上がる拍手に歯止めをかけた。
「ちょっと待って下さいチーフ! どうして私なんかが……総務には優秀な人が他にいくらでもっ!」
「はいはいはい。謙遜はいいから! 小鳥っちは十分すぎるくらい優秀な総務のホープよ?」
エースの次はホープですか!
カタカナ言葉を使えば誤魔化せると思っている節のある巴チーフに、私は不審の視線を送る。そんな私の視線など気にも留めない様子で、「それにね」とチーフは続けた。
「これは私の独断じゃないわよ? 小鳥っちを是非って、他部署からも推薦があったの」
「嘘は駄目ですっ!」
「嘘じゃないわよ? これ見て。先週末のチーフ会議の議事録」
間髪入れずに反論した私に、巴チーフが余裕の笑みでこちらにやってくる。
まるで予期していたように手渡された議事録とやらに、私はしぶしぶ視線を落とした。
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