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「そんなこと! 沙羅さんの人気に比べたら足元にも及びませんよ……!」
「いいえ。そんなことはありませんよ」
慌てて首を振る私の耳元に、沙羅さんがそっと唇を寄せる。
「少しだけ、妬けてしまいます」
「……っ」
そんなの、私だっていつも沙羅さんのことでこんなに惑わされているのに。
大好きな甘い口調に、体中が簡単に熱を帯びてしまう。繋がれたままの手でそれに悟られてしまいそうで、慌てて話題を探した。
「あ、でもっ、本当に良かったですね。あの記事もいよいよ佳境に入って……!」
「そうですね。色々ありましたが、いい内容に仕上がりました。これならきっと、厳しい日下部先生の目にもかなうと思います」
「あ! そういえば」
ふと落ちてきたキーワードに、私は重大なことを思い出した。
「今まで忘れていてすみません。実はインタビュー後の車の中で、日下部先生から言伝を預かっていたんです」
「言伝?」
インタビュー後のあの日は、暴走して告白したり、それが奇跡的に成就したり、その後メンバーのみんなに冷やかされたりで、すっかり頭から抜け落ちていた。えっと、確か。
「『俺は諦めが悪い人間だ』と仰ってました」
「……」
エレベーターが十五階に到着し、扉が開く。
「確かに、日下部先生は本当に沙羅さんのことが大好きみたいでしたから。私のことなんて意に介することもないんでしょうね」
私も、日下部先生に認めれるような彼女になれるように頑張らなくちゃいけない。密かに意気込んで、エレベーターに乗り込んだ。
「それはきっと、俺のことじゃなく……」
「え?」
「いいえ。何でもありません」
ふっと口元に笑みを浮かべ、沙羅さんもエレベーターに乗り込む。そして扉がしまった瞬間、沙羅さんの指がそっと前髪に触れた。
柔らかな温もりが、額に押し当てられる。
「っ、沙羅さん……!」
「すみません。我慢、出来なくて」
謝りながらも嬉しそうに告げる沙羅さんに、私一人がドギマギしてしまう。返事もろくに返せないまま、エレベーターが一階につくのを待つほかなかった。
「やっぱり沙羅さん、優しいけどずるいです」
「嫌いになりましたか?」
ほら。またそんなずるい質問を。
「……大好きです」
掠れるような声で、ぽつりと呟く。
「ずるいのは、貴女も同じですね」
「え?」
「でも、俺も大好きですよ。小鳥さん」
エレベーターの扉が開き、顔を火照らせた私に、沙羅さんが笑顔で手を差し伸べる。
苦しいくらいの幸せを胸に抱きながら、その手を小さく握り返した。
終わり
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