幻のワラベは瀕死の少女を観るが助けなしいつも不愛想

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 ダクトが吐く吐息は灰黒く、それよりも苦しそうに…  室外機の呻きは膜も震わせず、それよりも弱々しく…  ビル陰に咲いた花は首折れてヘドロに沈み、それよりも惨たらしく…  少女の頭はいつかの花瓶のように割れ、  少女が臥せるアスファルトはどこまでも赤く潤い続けていた。  それでもなお、彼女の残った右側は、ボクという幻想から眼を離せずにいた。  ここは人に創られた世界の中だ。それでもここで死ねば、現実でもきちんと死ぬことができる。そうすればボクも消えよう。呪いもそこまでだ。懸命に息を吸おうとするからいけない。このまま止めれば楽になれるのだ。  震える瞳には童子の姿が映っている。神はそのほとんどが、この様な人殻に封じられた。人格があれば、八百万の機構の変化でしかない神も法に縛り、また裁くことができるようになるからだ。  ただの少女の幻覚でしかないボクが、なぜその姿をしているのかは分からない。    けれども、少女がまだ『  』に執着するというのであれば、どれだけ醜い肉片になろうが、姿だけは美しく元へ戻そう、それこそ神様とやらの如く。当然ボクに人を再生させることなどできないのだが、少女には思い出してもらうだけでよいのだ。  ボクの声は少女の幻聴である。 「大丈夫ですよ?」  ボクは、硝子の様な眼で少女を見下ろす。 「苦しむ必要はありません。痛がる必要はなおありません。」  少女は応えるかのように途切れ途切れに口を震わした。 「傷つく事ができるものは、カタチあるものだけ」  死に抗う若い少女の唇は血で何度も濡れる。 「オマエにそんなものある訳ないだろう?」  ポク…ポクと、周りの血だまりがゆっくりと泡吹き始める。 「人の成りをする愚かしい虚仮だ」  赤い水玉は宙を漂う無数の目玉。そこに映るは少女が一人だけ。 「オマエに己なぞあるものか」  少女の華奢な輪郭が炎のように揺らめいた。 「オマエなんかこの世にいない」  自他の境界が曖昧な躯はゆっくりと起き上がる。 「オマエは…」  少女の零した血は尽く燃え、白骨色の花弁と転じ去ってゆく。 「私は、ただの呪いです」  少女の欠損した左頭は、まだ白い炎が噴き出るばかりであったが、それでも彼女はボクに微笑むのであった。
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