プロローグ

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プロローグ

 わたしは眼前にそびえたつ暗黒の魔王城を見上げた。  深い霧に覆われてぼんやりとしか見えないが、間違いなくここが旅の終着地だ。  やっと……やっとたどり着いた!  途中、さんざん道に迷った挙句、親切な魔人族の男性が案内役を買って出てくれたと思ったら襲われそうになった。  荷物を投げ捨てて着の身着のまま逃げたため、所持金がなくなった。  旅費を稼ぐために路上ライブやベビーシッターのバイトをし、予定よりも随分遠回りしてやっとたどり着いたのだ。  この世の「邪悪」を全て集めて造ったといわれている魔王城。  城を囲む堀では、飛び込んだら絶対にヤバそうな謎の緑色の液体がボコボコ泡を立てている。  幸いなことに、王城内へと続く唯一の道である跳ね橋は下りている。  橋が上がってしまわないうちに!  わたしは駆けだそうとして、思い切りビタンと転んだ。  ああっ、もう。足って不便。  ひざをさすりながら立ち上がって橋の向こう側をよく見ると、入り口の両側にいる警備のガーゴイルの間に誰かが立っているのがぼんやりと見える。  今度は転ばないように、しっかりと地面を踏みしめながら一歩一歩進んで、木製の橋を渡り始めた。  ヒツジだ。  カッチリしたブラックタキシードを着込んだヒツジが、こちらをジッと見つめている。  ええっと、何て言えばいいだろう?  どう言えば魔王城の中に入れてもらえるんだっけ……。  お姉さまから教わったことを必死に思い出そうとしながら、ゆっくり歩みを進めていく。  すぐ目の前まで到着すると、ヒツジが先に口を開いた。 「お待ちしておりました」  恭しく頭を下げられて、驚いて立ち止まってしまった。  待ってた? わたしを?  なんで!?  困惑ながら再び歩き出した途端、足がもつれてまた転びそうになった。  ああ、またひざを強打してしまう……!  覚悟してぎゅっと目をつむった次の瞬間、ふわっとした感覚に包まれた。    おそるおそる目を開けると、転ぶどころかまっすぐ立っている自分がいる。  それだけではない。  だれかに後ろから腕を回されて、抱きかかえられている……!?  バサッという羽音とともに漆黒の羽が舞い、羽と同じ漆黒の長い髪が一瞬見えた。 「大丈夫か?」  耳元でささやかれた声は低く静かで、背中がゾクリとする。  振り返って見上げるとそこには、これまで見たこともないほどのきれいなお顔があって、その深紅の双眸に吸い込まれるように、わたしの意識は遠のいていった。  お姉さま、パールはやっと魔王城に到着しました。  そして、どうやら魔王様にも会えました――。
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