麦茶を飲んで寝ただけ

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 「あぁーーーー」、「バタバタ、ドタドタ」 また、聞こえる。今週は特にひどい。こんなのが日曜からほぼ毎晩続いている。今は夜の23時。この騒ぎは大体19時か20時くらいから始まる。大概はうるさくなったり、収まったりしながらも22時か23時には静かになっていたのだが、今週は深夜0時を回っても続いている。こんなのが3日も続けば親は同じアパートの住人に対して申し訳ない気持ちを抱くものだと思うものだが、廊下であっても知らんぷりだ。迷惑しているのはわたしだけではないらしい、頻繁に騒音についての張り紙がエレベーターホールに掲示されている。    このアパートに引っ越してきて半年。そもそも引っ越してきた時から色々おかしかった。まずわたしは不動産からこのアパートは子ども不可と聞いてきたのだ。にもかかわらず引っ越して2.3日すると隣から子どもの声がした。管理会社に子ども不可ではないのかと確認の電話をすると「そんな事はありません。」と言われる始末。仕方なく、管理会社を通して騒音の注意をしてもらっても親は言い訳しかしない。謝りにきた試しもない。そういえば、契約の時に書類を渡し忘れましたとか言われて後で郵送されてきたことがあったっけ。アパートではなく、不動産会社と管理会社がおかしかったのだろう。   出て行こうにも社会人になりたてでまだお金がない。住み続けるしかないのだ。にしても夜寝れないのは体に堪える。特に今週はすごく忙しい。家に着くのはずっと21時から22時。くたくたなのにうるさくて心は休まらない。おまけに23時から24時にベッドに入ってもうるさすぎて寝付けない。寝ついたと思っても走り回る音や奇声で目が覚める。ここ1週間はほとんど通勤電車の中で爆睡する毎日が続いていた。    金曜日、ようやく忙しい1週間から解放された。来週からはもう少し早く帰れる筈だ。相変わらずの奇声と走り回る音を聞きながらご飯を食べ、お風呂に入る。眠くて死にそう。今日はどんなにうるさくても寝れる気がする。そう思いながらベッドに飛び込んだ。  「どすん!」 突然の音に驚いて時計を見ると夜中の3時だった。気持ちよく寝れていたのに飛び跳ねる音で起こされたらしい。再び走り回る音が聞こえ始めた。完全に目が覚めてしまった。取り上えず、喉が渇いた。そんなことを思い、キッチンに行き冷蔵庫から麦茶を出してコップに注いで飲む。飲み終わるとシンクにコップを置いてベッドに戻った。どうやら静かになったようだ。わたしはベッドに戻り、静かに眠りに落ちていった。  「ピンポーン…ピンポーン…」 時計を見ると朝5時。こんな朝から誰だろう。こんな朝から訪ねてくるやつなんてろくなやつじゃない。無視して再び寝ようとする。 「ドンドン!ドンドン!」 せっかくの休みだというのに今度はドアを叩かれた。しかもドアを叩いているという事はオートロックを突破してきたのだ。怖い…。頭を起こし、ドアの方を震えながら見ていた。 「柏木さん!いますよね!警察です!開けてください。」 (警察!?) 訳がわからない。犯罪者が警察官を名乗っているのか?そんなことを思いながら恐る恐るドアに近づく。その間も警察の呼びかけは止まらない。 (なんでわたしの名前を知ってるの!?一人暮らしなんだから名前を言わないで!) そう心の中で懇願しながらドアスコープから外を見る。 「警察だ…」 警察が2人ほどドアの前にいた。流石にこんなに早朝から警察のコスプレをしてアパートのオートロックを通過して、わたしの名前を繰り返す不審者なんている訳ない。きっと何かあったのだ。そう思いながらも何かあったときのためにドアチェーンをかけたままドアを開けた。 「柏木さんですよね?」 そう警察は訪ねてくる。 「…はい。」 「なかなか出てこなかったけど逃げようとしたって無駄だよ。」 「…はい?」 (逃げる?わたしが何のために?もちろん仕事と騒音からは逃げたかったけど…) 「君の逮捕状を取得したんだ。」 警察は何か紙を見せてきた。 何を言っているのかわからない。あんまりにもポカーンとしているわたしに警察は続けた。 「君、夜中にお隣の一家を殺害したよね?」 ますます意味がわからない。 「…わたしがですか…?」 「あぁ、そうだ。廊下に垂れる血液とその返り血が全てを物語っているだろう。」 指を刺されて廊下を見る。隣の部屋から私の部屋へといや、わたしの部屋の中にまで血が垂れている。そして、わたしのパジャマには沢山の血液… 「…バタン!」  「やっと目を覚ましたようだな。」 大量の血液を見て失神してしまっていたらしい。気がつくとベッドの上にいた。しかし、ここはわたしの家ではない。声のする方を見ると今朝の警察がいた。    警察に渡された服に着替えると警察に昨日の夜のことを話すよう言われた。私は日常的に騒音に悩まされていたこと、日曜からは夜の騒音が特に酷く、眠れない日が続いていたこと。そして、今週は仕事が特に忙しく昨日の夜はヘトヘトになって寝たことを一気に話した。 「夜中は起きなかったの?」 目の前に座る警察官が聞いてくる。 「夜中、『ドスン!』という大きな音で目が覚めました。そのあと走り回り始める音も聞こえました。びっくりして目が覚めてしまいました。そのあと、喉が乾いていることに気がついたのでキッチンで麦茶を飲みました。ベッドに戻る頃には静かになっていたのでそのまま寝ました。」 事実をそのまま答えた。 警察はわたしの目をまっすぐ見る。 「パジャマについていた血はなんなんですか?夜中わたしは襲われたのですか?隣の一家を殺害した犯人はわたしまでも殺そうとしたのですか?」 警察は何かを感じたようだ。警察からの聴取は突然終わった。代わりに別のおじさんが来て色々聞かれた。    わかったことだが、わたしには精神疾患があるらしい。無理して騒音に耐えていたことと、忙しさが重なり精神にきたのだろうか。それが記憶のないうちに人を殺させたらしい。でも、もう一度言う。わたしは隣の家の一家何て殺してない。あの夜はたしかに騒音で夜中に目を覚ましたけれど麦茶を飲んで寝ただけ。たしかに部屋にも血が滴っていたし、パジャマにも血が飛んでいたけどわたしはそんなことは知らない。何度でも言う、「わたしは麦茶を飲んで寝ただけ。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!