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ユイを守ると悠司は言った。
しかしそれは本当は違うのではないか。本当に守りたかったのは、自分自身の心。
ユイが傍にいてくれると、どうしてか悠司は安心することが出来た。初めて会った時に感じた、手に入れたいという気持ち。それは自分を守ろうとする本能だったのではないだろうか。
ただ、傍にいる。
それだけでもいいとは思う。
けれど気持ちとは無関係に、体の奥から止めることの出来ない肉欲が、じわりと滲んでくることがある。でもそれは健康体の男だから仕方ない。
「俺は気にしないよ?」
軽く唇を指でなぞり、なんとか気持ちが傾かないかと試してみたが、ユイは困ったように下に向けた顔を赤らめて呟いた。
「…………柴田くんが……つけた痕、見られたくないから」
悠司は思わず黙り込む。
そういうことか。
心は二つでも、体は一つしかない。ユイでない時に別の男に抱かれた痕跡を、悠司に見せたくないというわけだ。
ユイが悪いわけではない。わかっている。ユイはずっとそこにいる存在ではない。普段は光が自分の生活を送っているのだから。
いずれ慣れる、なんて言ってみたものの、やはり辛いものはある。しかしユイに抗議したところでどうなるわけでもなかった。
だから今とてもユイを抱きたいと思ったが、理性の力で抱き締めるだけに留めた。
「あ……」
ユイが何かに気づいて小さな声を上げた。
体をくっつけた拍子に、ユイに何か当たったらしい。正直な体に悠司は苦笑して、「ごめん」と抱き締めていた腕を離した。
「……神崎さん、あの」
「気にしなくていいよ。単なる生理現象と思ってくれれば」
少し気恥ずかしく思い、目を逸らす。薄暗い部屋で、眼鏡も外している今、ユイの顔は少しぼやけて見えたが、それでも何か言いたそうな表情をしているということはわかった。
「もう少し寝よう。……手を、握っててもいい?」
ユイはこくりと頷いて、ようやく笑みを見せてくれた。悠司の嫌いな「あの女」とは違う、嫌味のない可愛い笑顔だった。
ベッドの脇で董子が名前をつけた白いペルシャ猫のリリが、目を覚まして小さく鳴いた。
リリの名前は、百合の花を差している。
悠司は百合が大嫌いだった。
あの女の名前を思い出すから。
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