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3話 確信犯の痕跡
光の住んでいるアパートに戻ってくると、駐輪場にバイクにまたがってだらんとなっている尚志を発見する。なんだか機嫌が悪そうだ。
(うわ、低気圧)
嫌だなあと思ったが、スルーするわけにも行かない。光は近づいて、ピアスと肉体美が目印の男におはようと言った。
「光くんは朝帰りですか」
わざとらしく丁寧な言葉を使う尚志に、苦笑いが漏れる。
「ユイがさあ。帰りたがらなくて」
これは本当だ。光は帰ってくるつもりだった。うさぎのユイも遊ばせてやりたかったし、尚志が嫌がるのもわかっている。だけどユイが悠司といたいと思った。悠司も帰らせようとはしなかったから、こんな時間になったのだ。
「やらせたのか」
「……柴田くーん」
呆れたように重たいため息をついて、尚志を置いて部屋に向かう。置いてけぼりをくらった尚志も、バイクから降りてあとを追った。
うさぎのユイが、かたかたとケージを噛んで光を待っている。遅くなってごめんと心の中で謝りながら、ケージから解放し、ごはんをやる。その間に尚志はちゃっかりと部屋に上がり込み、突撃してきたユイを構っていた。もふっとしたうさぎは、来ることが多くなった尚志にもだいぶなついていて、彼に顎を擦り付けている。ユイはメス特有の肉垂と呼ばれるもふもふのマフラーが豊かなうさぎで、跳ねるたびにたわわに揺れるのが愛らしい。
「なあ……、先生と寝たのか」
冷蔵庫から麦茶を出していると、おんぶされるような格好で後ろから手を回した尚志が、顔を近づけ耳元で呟いた。
筋肉質の腕が、光の胸の辺りで脱力した感じに垂れている。実際に尚志をおんぶなど出来るわけもなく、彼の足はちゃんと地に着いていたが、光はその腕をなんとなく触った。
自分とは違う、逞しい腕。尚志の体は、飾っておきたいくらい綺麗な筋肉のつき方をしている。ボディビルダーとはまた違う。あそこまではすごくないし、だとしたら逆に苦手だ。尚志の体を、純粋に好きだと思う。男をすごく感じさせるこの体に、……何度か抱かれた。
だからこそ、悠司とのことを聞かれるのはあまり好ましくなかった。
「柴田うざい。そんなこと聞いてどうするのさ」
「うざいっておまえ」
きっぱり言われて、可哀想に尚志はショックを受けているようだった。彼にしてみれば、光が悠司とどうしているのか、気になって仕方ないのだ。他の男と一晩中一緒にいられたら、色々想像してしまうに違いない。
「……ごめん」
少し言い過ぎたと思ってしょんぼりしていると、尚志は軽く笑い、「ばぁか」と言って耳朶を甘噛みした。口元のラブレットが少しだけ光の耳を掠める。すぐ傍にある尚志の顔が、眠そうなのに気づいた。
もしかしてよく眠れなかったのかもしれない。なんだか無性に自分が悪い気がしてきた。
けれど彼は、別に怒っているわけではないらしかった。ユイという存在が光とは違うということをそれなりに理解してくれたようで、光が悠司のところに行くのを嫌々ながらに許容してくれている。本当は、行かせたくなどないだろうに。
尚志は、外見はいかついが、性質はわりと穏やかな男だ。
結構、優しい。
光の体を大切に、丁寧に扱う。激しくされても、痛くされたことはあまりない。後悔させないように努力しろ、とは言ったものの、こんなに努力してくれるとは予想外だった。わけがわからなくなるほどに光を翻弄して、どこをどうしたら気持ち良くなるのかとか全部熟知している。すごく慣れた感じがする。他の誰かとして、経験値を上げたんだろうなと思うと、なんとなく複雑な気分になるのは嫉妬だろうか。
――悠司とのことは、棚上げか。
光は軽い自己嫌悪に陥った。
黙りこんでいる可愛らしい男に、尚志は後ろから首筋をちゅうと吸い上げた。回された手も、華奢な体を優しく愛撫し始める。まさか朝から始める気ですか?などと思っていたが、途中で何かに気づく。言わなければならないことがあったはずだ。
「……柴田、それなんだけど。やめない?」
「んー? それって?」
何のことやらわかりません、というような顔でとぼけられる。光は尚志を引き剥がし、ぐるりと向かい合った。
「痕つけるの、やめろっていう話」
「何故」
「ユイが、気にしてる。昨日も……」
「気にして、先生とやれなかった?」
「柴田っ」
怒った光に、尚志は意味ありげに唇の端を歪めた。その笑みに光は目を大きくする。確信犯だ。
「わざとだな」
「とりあえず、光は俺のだっていう自己主張をね」
さくっと言われて、光は怒りのやり場を見失った。この男はあまりにも当たり前のように言うので、こちらが照れてしまう。
これはやめさせるのは難しいのだろうか。ユイが気にしなければ、それが一番簡単なのだが。
(でもそれって)
……本当は悠司とそうなりたいのか?
浮かんだ考えに、光は頭を横に振った。そう思っているのは自分じゃない。ユイだ。
……そのはず。
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