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父親になるには早すぎた。精神的にも社会的にも未成熟だった。嫌いな父がそれを受け入れたことに対しても、プライドが傷ついた。所詮自分は子供だったのだ。何も出来ない、15のガキだ。
もしかしたら自分は小百合を好きなのかもしれない、と思い始めていた頃だった。
悠司の不始末の責任を取れと父に迫った小百合の、
――細い首を、後ろから絞めた。
人は嫌い。裏切るから。言語の違う動物に関わる獣医などという職業に就いたのは、そのせいかもしれない。
年を重ねるにつれ、他人と上手くやってゆく術を身につけた。笑顔もさまになるようになった。わざと抑えた喋り方も、悠司の容姿には似合っていた。父に唯一感謝するとすれば、見てくれの良いこの外見をくれたこと。女には好かれた。顔が好きと、よく言われた。
だけどそれは本当の自分ではない。心の中はどろどろとした物で溢れそうになっている。それを押し込んで、硬い殻で武装しているだけの話だ。
いつかユイにも、自分の本性がばれるだろう。その時、彼女は悠司を裏切ることなく傍にいてくれるだろうか?
けれど悠司は、諦めることにも慣れていた。相手に過度の期待をかけることもなく、背を向ける者を追ったりはしない。いちいち傷ついていたら、この身が持たないと気づいたから。
それが大人になることなのだ、と悠司の顔をした誰かが言った。
スマートフォンが鳴っている。
董子は朝食の後片付けをして、なんだか居心地が悪そうにすぐ帰ってしまった。董子にあたるなんて、馬鹿なことをした。あの子には罪はないのだから。むしろ大切にしたいのに。父親らしいことなど何一つ出来ない自分が、せめて兄として、董子を愛してやりたかった。
時計は十一時を少し回っていた。
鳴り止まない呼び出し音に、悠司はため息をついてスマートフォンを拾い上げる。
「……ユイ?」
しかし声の主はユイではなく光だった。ユイの時と、声のトーンが少し違う。何かがあったのか、とても不安そうな声だ。
何故か、心が動きそうになった。
彼はユイではない。迷いの果てにユイを切り離した男だ。ユイと似て非なるもの。けれど光がいなければ、ユイもまた、存在しない。
それに、光を嫌いなわけではなかった。それはユイを好きなように、という意味ではなかったが、好きか嫌いかと問われたら、好きだった。
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