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可愛い、と思ってしまった。
今彼はユイじゃないのに可愛いだなんて、どうして思ったんだろう。悠司は自分の思考に幾分戸惑いを感じずにはいられなかった。
多分、同じ顔だからだ。
人格が違っても、所詮は同じ人間だ。
「先生?」
不思議そうに悠司を見つめる光に我に返る。そして傍で診察を見ていたもう一人の男……柴田尚志もまた、こちらを窺っているのに気づいた。何か言いたそうだ。
何か、というのは多分光のことだろう。向こうもこちらの事情は知っているに違いないから、悠司のことは正直邪魔に思っているはずだ。悠司自身、尚志のことは少し――かなり、邪魔だった。しかしそれを顔に出すことはしない。
「宇佐見くんのお友達?」
わざとにっこり笑って、悠司は目の前の男を牽制する。ぴく、と尚志の眉が動いた。
どう答えるのかと思って見ていたら、尚志は光の背後から手を回し、ぎゅうっと抱き締めると、こいつは俺のだ、と言わんばかりの視線を投げかけ、
「柴田です」
とだけ言った。
強気だ。
近くで見ると、その素晴らしい肉体に気圧されそうになる。悠司より若干背も高い。相手を威嚇するようなピアス。こちらの心の奥まで射抜くような鋭い視線。光はこの逞しい男に抱かれて、ユイが見せたがらない痕跡を残されているのだと思ったら……何やら苛立った。光の首筋に、昨日はなかった新しいキスマークを見つけ、更に苛立ちは募る。
確かにユイはいたのに。
朝になったら消えてしまった。そして別の男に、こうやって抱き締められている。どうして自分だけのものじゃないんだろう。
(――小百合と一緒)
突如聞こえた心の声に、悠司は内心ぎょっとした。
何故小百合が出てくるのか。自分は小百合のことは好きではない。むしろ憎んでさえいる。状況が似ていたから、思い出したに過ぎない。父と自分の間にいた小百合。そのことを、思い出しただけこと。他愛ない理由だ。
ユイは小百合とは違う。まるで生きる世界が違う。
悠司の前でべたべたとまとわりつかれた光は、困ったように彼の腕を振りほどこうとしていた。だが、見るからにパワー不足でそれは叶わない。光の頭の上に顎を乗せるようにされて、完璧にホールド状態だ。
「柴田! 何やってんだよ馬鹿!」
「トーテムポール」
「意味わかんないからっ」
尚志の行動を、実に子供じみていると思った。しかし、素直にそういう感情を表せるというのは、羨ましくさえある。自分には、多分出来ない。
しばらく攻防戦が続いたが、光に足を踏みつけられたのを機に、尚志は渋々その腕を解いた。
「せっ先生、ごめんなさい。こいつほんと馬鹿で!」
なんだか必死な光に、嫉妬半分呆れ半分で見ていた悠司は苦笑した。
「柴田くんは、面白いね」
面白い、の一言で片付けられてしまった尚志は、顔をむっと歪めたが、それ以上何も言わなかった。
……尚志に、嫉妬してどうするのだ。
彼はあくまでも光を選び、悠司はユイを選んだのだから。
理性はそう答えを出すものの、感情は簡単には行かなかった。恐らくそれは、尚志も同じだっただろう。
ユイに会いたい。ずっと傍にいて欲しい。
悠司だけを見てくれる彼女に。
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