初恋は実らぬもの?

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『面接は昼休憩の合間に食事を挟んでするね。それが歓迎会になるかは君たち次第なんだけどさ』 電話越しに指定されたお店は、何てことのない蕎麦屋。 そのお店の端で、私たちは指定時間の十五分前には佇んでいた。  千春は肩を竦めて、私を見遣った。 「何だか……変わった面接だよね」 「ね。でも、私の兄が言ってたけれど、就活の時の最終面接が牛丼食べて終わったこともあったらしいよ」 「本当に!?それで、何を見てるのかな?」 「食べ方とか?」 「クスクス、お箸の使い方?」 「ハズレ。多分、合格者は既に決められていた最終面接だっただけだよ」 突然降って湧いたような第三者の声。  いつの間に現れたのか、有り体なスーツ姿の若い男が私たちの背後にいた。 店に入る他のお客らに紛れていたため、彼がその面接官だとは、まるで気づかなかった。 「指定時間十分前。はい、二人とも合格ね」 「「!?」」 驚く私たちに彼は名刺を差し出し、税務署職員を名乗った。 「で、これから先は歓迎会ってことで、経費が落ちるから、一番高い天婦羅蕎麦にしなよ」 蕎麦屋の暖簾を軽く上げて、彼は私たち二人を中へと促した。  少しばかり戸惑いながらも、最初に千春が会釈して彼の横を過ぎた。そしてそれに続いた私。 彼のスーツから薫る清涼系のコロンの香りに、少しドギマギしてしまう。 私たちはすぐさま予約席に通された。 「天婦羅蕎麦でいいよね?」 自分が食べたいのだろう。席に座るや、メニューを見るまでもなく私たちに最終確認をする。  私たちの頷きは、きっとアルバイトの合意も含まれている。 「「よろしくお願いします」」 にんまりと彼は口角を上げた。  ちょうどお冷を持って現れた店員から、差し出されたメニュー表を押し返しながら彼は注文した。 「天婦羅蕎麦三つね」  どこまでも手慣れた様子で、目の前に据え置かれたおしぼりで手を拭く彼に倣い、私たちもおしぼりに手を伸ばす。 「今回の採用担当者になれてラッキーだったよ。お陰様で、ただ飯だ」 にっこり悪戯に笑んだ彼に、私たちの緊張や戸惑いも解れた。 「では、改めて俺は税務署職員の瀬野ね。君たちの仕事は確定申告に来る納税者の応対や簡単なデータ入力処理になるかな」 面接とは名ばかりの歓迎会は、彼の昼休憩の合間の蕎麦屋でチャチャっと済まされようとしていた。時間短縮もいいところだが、確かに短期アルバイト程度にそんな歓待が必要ある筈も無い。 あるだけでもありがたい経費だ。 「いただきます」  税金への感謝と、これから真摯に仕事に従事しますと、決意を込めて私たちは共に合掌した。  
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