初恋は実らぬもの?

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 恋活云々はともかく、仕事は仕事。  私たちは、正規事務員さながらの出で立ちにて職場に臨んでいた。    千春は受付担当。  人当たりの良い千春に窓口は向いている。 煩わしいことを早く済ませたいと、時間を気にしてばかりいるお客らを相手にしても、彼女の営業スマイルには黙らないわけにはいかないだろう。 「今日は本当に混んでいまして、大変申し訳ありません」 横柄と思える態度の公務員が多い中、研修中と示された名札を掲げた千春は、綺麗に九〇度に頭を下げた。    流石は社長令嬢、千春は呉服屋の娘だ。 多くの者が思い描くような、古き良き時代を思わせる生粋のお嬢様育ちという訳では断じて無いと本人は言うのだが、極々平均家庭のサラーリーマンの家に生まれた私の眼から見れば、彼女には確かな育ちの良さが覗えた。 「順次お呼びいたしますので、あちらの席でお待ちいただいてもよろしいですか?」 「うむ、なるべく早く頼むね」 不平を顔に貼り付けていたおじさまも、千春の明るくはきはきした態度と低い物腰には折れざるを得なかった。    そして私はと言えば、正直、苦手な接客でなかったことに安堵の吐息を零している。  奥まった書庫の一角で、一人黙々とデータ入力に勤しんでいた。 最初の頃こそ数字を目で追うことにも覚束なく、入力ミスを恐れて慎重にキーを押していたが、同じ作業を二、三日もやれば、その速度は神業の粋に達している――と、言ってもきっと過言ではない筈だ。 キーを視ずとも手が覚えてくる。 数字の羅列はピアノの譜面の様だった。 「やぁ、頑張ってるね。独りでずっと引き籠っているけれど大丈夫?」 休憩時間に、千春を含めた他のアルバイトの子たちは、お菓子を並べてティータイムを愉しんでいることを知っていた。  此処の給湯室には休憩スペースが設けられているのだが、其処へ一向に近づこうとしない私を気に掛けたのだろう。画面から目を外す前からその人物が誰かは分かっていた。面接官だった瀬野さんだ。  彼は入社五年目を経た二七歳、そして独身というところまでは一応、チェック済み。  私たちのようなアルバイトを含めた新人研修も、彼の仕事の一環にある。 「協調性って、割と掴みどころが難しかったりしません?」 肩を竦める私に、瀬野さんは苦笑いするに留めた。 「この仕事、割と性に合っていたみたいで……一人酔いしれてるところでしたが、(引き籠りでは)駄目ですかね?」 多分、人見知りとまでは言わないのかもしれないが、私は『集団』がどうも苦手だった。 「ふっ、酔いしれてるんだ」 否定的な反応で無いことに、私は助長する。 「ええ。自画自賛で、神って来たぁあ!何て思いながら怒涛の如くキー入力するのが愉しくて」 「ふふふ。どれ、貸してみ」 得意気に顎先を上げて瀬野さんは私に席を譲らせた。 ポキポキと音を鳴らせるでもなく手首を回したかと思えば、瀬野さんは超高速でキーを打ち込んでいく。 カチャカチャカチャカチャ 「おおぉ。流石っ!アルバイトのやる気を挫くかのような神技ですね」 皮肉を交えて賛辞する。 「ははっ、終わっとくからお茶しに行ってきなよ」 瀬野さんは追い払うように、私に軽く手を振った。 ((色んな意味で)いい人だなぁ……)  社会人として成長して来いと暗に含められ、私は何気に避け続けていた給湯室へと足を向けた。
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