初恋は実らぬもの?

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 給湯室から華やいだ声が漏れ聞こえてくる。 「ええ!?絶対にそんなことないですよ」 千春の驚きと謙遜を交えた声だ。 「や、絶対そうだって」 何の話だろう?と、首を傾げつつも私は給湯室を覗き込む。  給湯室には千春に、常勤パートの辻さん、そして私たちと同じく短期アルバイトの相原さん。相原さんは私たちより三つ上の大学生。此処の短期アルバイトは去年も経験しているのだという。 「お茶しに来ました。ご一緒させてもらってもいいですか?」 遠慮がちに顔を覗かせれば、快い顔が向けられた。  招いてくれる面々に内心で安堵しながら、給茶機の緑茶ボタンを押す。それを片手に、私は空いた席へ腰を落ち着けた。 「田中さん、初めてじゃない?そんなに仕事が大変なの?」 常勤パートの辻さんは、育児休暇を終えたばかりとは言え、頼れる存在であり、私たちにとっての潤滑油でもあった。  心配してくれる彼女にオーバーな程に私は首を横に振る。 「あくまでも税金泥棒って、言われないくらいにはですよ。数字だけ拾っていればいいので、気疲れしない分、存外に楽なんです」 勿論、彼女たちもさぼっていた訳ではないことは私も知っている。 単に私はオンオフの切り替えを敢えてしなかったに過ぎない。 「それよりさっきの、何の話だったんです?」 にんまりして、相原さんが話を戻した。 「今年のクィーンは千春ちゃんだよねって話をしていたの」 「クィーン?」 「毎年、男性職員の間でアルバイトの子たちの人気投票が密かに行われてるのよ」 「へぇ~。それは愉しそうですね」 そのクィーンが千春という訳だった。そして、私は大いに納得する。きっと、私が男でも彼女に投票するだろう。 (若しくは、相原さんかな……)  普段の相原さんは、何ら物怖じしない口調で物を言うのに、皆が注目すると、急にはにかんだような笑顔を見せる。そこがグッとくるキュートな女性だった。 「まぁ、寂しい男たちのちょっとした遊び心よね」 辻さんは肩を竦めて見せた。 「なら、私たちが投票しても文句は言われませんよね」 悪戯に笑んで、私は挙手をする。 「私はダントツに石田さんです」 石田さんは三十代の子持ちのパパ。転職組ということで、きっと苦労人でもあるのだろう。物腰が柔らかく、お客の相談に対して真摯に応対しているところをよく見掛けていた。 「「「ああ、なるほど」」」 心得たように、皆も口々にここぞというばかりの男性職員を、ああだ、こうだと推し始めた。 「ふふ、石田さんは毎年人気があるのよ。結婚するならああいう人がいいわよね」 奥さんと子供の写真を定期入れに入れていることを辻さんは明かした。 「くふふっ、此処で一向に瀬野さんの名が上がらないことが可笑しいですよね。きっと、絶対に悔しがると思います」 私が吹き出したところで、微妙に空気が振れた。 (ん?) 「そ、そうよね。じゃあ、そろそろ仕事に戻りましょうか」 慌てたように辻さんが時計に目を配り、私たちは解散する。 (今、何かおかしな空気が流れた?)  僅かに首を傾げたものの、私はデータ入力の仕事に向かうべく、すぐに頭を切り替えてしまっていた。
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