白雪姫と王子様

1/9
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/130ページ

白雪姫と王子様

よく晴れた日だったと思う。 桜が咲いていた記憶があるから、7月生まれの僕が5歳になる手前の春だったのだろう。 母親が前の日に「明日はこれを着るのよ」と新しい服を買ってきた。今まで近所の人に貰うお下がりばかりだったから、その新品の服が嬉しくて嬉しくて意気揚々と着替えた。まだボタンをはめるのは慣れてなくて、モタモタしていると「なにやってんのよ!」と怒鳴られたが、直ぐに「ごめん、ごめんね、基弥(モトヤ)」と取り成してくれた。 ブルーのストライプシャツの胸元には、赤い星の刺繍があった。 「おかあさん、これ、かっこいいねぇ」 と得意げな僕を母は笑った。 合わせた黒いチノパンに、星とおなじ赤いスニーカー。子どもにしては大人っぽい格好だったと思う。普段の僕は車の絵や恐竜の絵のTシャツだったり、ある時にはクマの絵柄の女の子が着る服を着せられていた。そんな時は中性的な顔立ちだったことも相まって、多々女の子に間違えられたが、その都度母はそれを嫌がった。 初めての新品の服を身にまとった僕を、母は満足気に見つめた。おそらくみすぼらしいと思われたくなかったのだろう。そこら辺の人に対して、ではなく、その日待ち合わせをしていた人に。 「行くよ」 綺麗に化粧をして、花柄のワンピースに高いヒールの母はうんと若く見えた。 「おかあさん、きれい」 という僕の手を引いてくれた。 駅までの道はそんなに車も通らないが、母と手を繋げることが嬉しくて嬉しくて右手に力を込めた。 「おかあさん?どこ行くのー?」 「んー?いいところよ。電車に乗るのよ」 「わぁ!電車に!」 母の宣言通り、電車に乗った。15分くらいの短い旅だったが、僕は電車の座席に乗り窓の外を眺めた。靴をきちんと脱いだのを見て、知らないおばあちゃんが「坊や偉いねぇ」と言った。 母は興味無さそうに、曖昧に笑った。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!