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彷徨うミルキーウェイ<中>
<1>
「ちょっと待って下さい、それでは話が違います!」
「そんな・・・・」
「社長、社・・・・・ああもう、どうしたらいいの!」
蓮達が撮影現場である山奥の廃校にたどり着いた時、校門の隅で電話のやり取りをしていたZEXの藍川が受話器に声を荒げているのを目撃してしまった。
その眼前で藍川は一方的に通話の切れた携帯電話を、半ばやけくそで鞄に投げる様に放り込んだ。
そして後ろに控えていた秘書とARRIVALのメンバーに向かって、
「この後の撮影に支障をきたす、容認できない事態が発生しました。私は一旦東京に戻ります。貴方達は各々与えられた仕事をこなして頂戴。それじゃあ、セルゲイは私と共に。マリーは此処で彼等のサポートをお願い」
「承知しました。お気を付けて」
「行くわよ、セルゲイ」
「はい」
藍川は秘書を連れ、校庭奥に停められた愛車に乗り込むと車で出て行ってしまった。
その表情は、かなり険しいものだった。
蓮と輝はそれを校門で見送った。
「あちゃ~、俺お袋に頼みたい事が有ったんだけどな・・」
輝はぶつくさ言いながら頭をぼりぼり掻いていた。
そんな輝を見て、蓮はもう溜息しか出ない。
(お母さんが大変そうなのは気にしないんだ・・・。つか、そろそろ社長戻って来て下さいよ!輝君じゃ役に立たないったら・・)
蓮は心の奥底で声高にそう叫んでいた。
とその時、入れ替わる様に背後にタクシーが止まったのだが・・。
出て来た二組は見るからに険悪なムードだ。
しかもその二人・・・。
主役の結城スミレと準主役の小桜咲知だ。
彼女達二人、タクシーから降り目が合った瞬間・・・早速罵り合いが始まった。
「あ~もう最悪。朝っぱらから相乗りなんて」
「それはこっちのセリフでしょう! アンタの所のマネジャーが「コストダウンの為に相乗りで」とか言うから、仕方無く相乗りさせてあげたってのに!」
「私は承服してなかったし!」
「礼位言いなさいよ、この恩知らず!」
「あ~ハイハイ、ありがとうございましたぁ~」
「む・か・つ・く~~~!!!」
・・・どうやら、スミレのタクシーに咲知が便乗させてもらったらしい。
しかし昨日の事も有り、二人とも互いの事が気に食わなかったらしい。
「・・・うわぁ」
「おっかねえ・・」
蓮と輝が呆気に取られて見ていると・・。
「あ、輝さぁ~ん。おはようございますぅ~~」
「やだ・・今日も素敵、カッコイイ・・・輝さん」
ターゲットが急に輝に方向転換した。
「やばっ」
二人同時に我に返り、逃げようと踵を返そうとしたのだが・・。
「やだ、逃げないで下さいよ~」
「咲知、あれからずっと輝さんの事考えてたんです~」
至極当然の様に、輝が二人に素早く両腕を掴まれ、捕獲されてしまった。
「うわぁ!ちょっと・・ちょ、待って・・・」
急に両腕に巻き付かれ、輝はどうしていいか分からずに叫ぼうとしたのだが・・。
「いい加減、自分の立場を弁えなさいよこのぶりっ子チビ!」
「うるっさいわねー、単にデカいだけでしょこの貧乳ブス!」
・・・・二人共、互いのディスりにカチンと来たようだ。
直後、戦端は開かれ・・。
真っ先に咲知が、スミレの足に蹴りをお見舞いした。
「痛ったぁ・・何すんのよ、今から撮影なのに!」
「ハッ、少し足が細いからってヒールでかさ増ししてんじゃねえよ!」
「・・・・このッ!」
その直後、今度はスミレのビンタが咲知の頬にクリーンヒットした。
「痛った・・・何すんのよ貧乳どブス!!」
「フン、アンタのその歪んだ性根と顔を叩き直してやっただけ。・・あらゴメ~ン、さらにブスに磨きがかかっちゃったかも~~」
「このクソブス!!!」
「うるせえデブス!!!!」
流石にオロオロしていた輝が、耐えきれずに絶叫した。
「もう止めてくれ!俺を挟んで喧嘩しないでアッチでやってくれ!!!」
「ダメ、輝さんは私の物!」
「こいつなんかに、輝さん取られたくないし!!」
「俺は誰の物でもねえし! つかマジ勘弁して!!!」
「輝さんそう言ってるでしょ! 迷惑かけてないで大人しく身を引きなさいよこのデブス!!」
「それはアンタでしょ! いい加減嫌われてるの気付きなさいよこのクソブス!!」
二人共、ヒートアップし過ぎてもう後に引けなくなったのだろう。
二人の言葉と同時に、お互いの平手が飛んだ。
・・・・ところが。
「痛ってええええええ!!!!」
何故か引っ叩かれたのは間にいた輝だった。
それに驚いた二人がぽかん顔で立ち竦んでいる。
輝はすかさず互いの腕を掴み上げ、諭すように怒鳴りつけた。
「もういい加減にしてくれ! お前ら何考えてんだ、俺等タレントは曲がりなりにも”プロ”なんだぞ!! すでにクランクインした撮影現場の前で、メインキャストの二人が口喧嘩だけならまだしもお互いの身体を傷つけるとか・・・マジ在り得ねえ!!!」
「うそ・・・」
「じゃあ、輝さん・・」
二人が輝の説教ではたと我に返った。
輝は掴んでいた二人の腕を離し、
「・・・俺が間でちゃんと叩かれてやったんだから、もう満足したろ?だったもう喧嘩やめてちゃんと「仕事」してくれよ、頼むから」
二人の目を見ながらうんざり顔でそう諭した。
その直後、喧嘩を始めた二人を目撃したスタッフに呼ばれ、二人のマネジャーがすっ飛んでやって来た。
「すみませんでした!」
「二人にはきつく言い聞かせますんで!」
マネジャーは、あれからずっとしゅんとしてしおらしい二人を引き摺って、さっさと校内に行ってしまった。
その背をポンと軽く蓮が叩いた。
「お疲れ様」
輝は髪をクシャクシャと掻き揚げ、苦笑いした。
「参った・・。悪かったな、蓮も台本読みとかあるのに」
「いいよ、輝君のその頬見てたらそんな事どうでも良くなっちゃう。大丈夫?」
「ああ、すんげえ痛い。あの二人全然加減してなかったから、尚更な~」
「超カッコ良かったよ、輝君。・・冷やさなくても大丈夫?」
「ああ、後で自販機の飲み物買って頬に押し付けとくわ。明後日歌番組の収録あるからさ」
輝が笑いながら足を踏み出そうとした瞬間・・。
「・・・あれっ」
急に輝の身体がふらりと揺れた。
「輝君?」
蓮が気付いた時には、輝は前のめりに倒れ込んでいた。
そのまま輝が倒れそうになった・・その瞬間。
誰かが背後からぐんと、強い力で大きな輝の身体を抱き留めた。
輝が思わず
「ほえっ?」
と変な声を出したその時。
「アンタさ、発情期なら休んでた方が良いよ。フェロモンのきつい香りがダダ洩れで出てるぜ?」
その声に輝が振り返ろうとしたと同時に、蓮の口から
「・・亜蘭さん!」
背後の人物の名が発せられた。
「えっ・・・、亜蘭って・・あのARRIVALの?」
輝は振り返ろうとしたのだが、体勢を崩してしまった。
それをすかさず、亜蘭が再び抱き留めた。
「おっと。無理しない方が良い、俺に掴まってていいから」
そのまま図らずも、二人は抱き合う感じになってしまっている。
しかし、困った事に輝は身体が思う様に動かせないらしく、男同士で抱き合っているにも拘らず、輝がアクションを起こすそぶりは皆無だ。
「ゴメン、悪い・・。何でだろ・・今、力が入らねえ」
「そりゃ、オメガの発情期はそんなもんだろ」
助けてくれた男の口をついて出て来たあり得ない言葉に、輝は目を丸くした。
「? さっきからアンタ何言ってんだ、俺はオメガじゃねえし」
「そうか? こんなにしゃぶりつきたくなる位いい匂いさせてんのに?」
「・・・・へっ?」
亜蘭は抱いた輝の首筋を嗅いで、輝に微笑んだ。
その時・・亜蘭が輝の首筋を覗いた瞬間、輝は亜蘭の顔を見て急に顔を赤らめた。
(何だろ、どうしたんだ・・・俺、ヤバイ)
「ああ、俺の好みの匂いだ。可愛い匂いさせてんなお前」
(お、俺の好みの匂いって・・・・! 可愛いとか、コイツ何言ってんの?!)
亜蘭が輝ににっこりと微笑んだ瞬間、輝は顔を真っ赤にしながらそのままぐったりとして失神してしまった。
それには流石に、蓮が慌てた。
「ええっ・・・き、輝君?!」
それに相対して、亜蘭は至極冷静だ。
「ああ・・やっぱ熱がある。保健室ならベッド位あるだろ、俺が運ぶ」
「・・すみません、お願いします」
そのまま気を失ってしまった輝を、亜蘭が抱き上げて校舎の中に向かった。
蓮はその後ろを追いかけるように校舎の中に消えて行った。
それを物陰からじっと見つめていた端役の青年が、スマホ片手に何処かに電話を掛けながらニンマリと微笑んだ。
「いいネタ掴んだ。こりゃ一儲け出来そうだ・・・・」
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