第1章

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映画の後は、二人で夜ご飯を食べに行った。 正直、さっきまでのショックを引きずっていて、食べている最中もずっと上の空だった。 スマホの画面を表示させ、聖が知瀬を呼ぶ。 「そろそろ、時間じゃね」 「え?……あ、そっか」 夜に予約を入れていた事をすっかり忘れていた。 聖は、しっかりしろよ、と可笑しそうに言う。 店を出て別れると、たどたどしい足元でクリニックの看板を目指す。駅から遠ざかる方向に10分ほど歩いていくと、”HIYA.Mental Clinic”という看板が見えた。雑居ビルよりは上品な佇まいの、コンクリート造りの3階建ビル。 エレベータで最上階まで行くと、デザイナーズマンションのような、シンプルだが落ち着いたフロアが現れる。 いつも診療時間外で特別に受け入れてもらっているため、この時間に人影はいない。 スモークがかったガラス張りのドアの横にある、インターフォンを押した。 『はい』 「あ、こんばんは。羽根崎です」 『いらっしゃい。待ってたよ。今開けるね』 ピーという小さな機械音の後、ロックが外れる。 ドアを押し開け室内に進むと、背の高い白衣を着た男性が出迎えてくれた。 「いつもサボらないで来てくれて嬉しいよ。おいで」 「どうも」 男性は縁なしの眼鏡をかけていて、覗く瞳は柔らかい。緩やかな薄茶色の髪がふわりと揺れた。 男性は優しげな笑みを浮かべたまま、知瀬の顔を覗き込む。 「なんですか?……イテッ」 軽く知瀬の頬をつねると、おや、と首を傾げた。 「元気がないみたいだね。話、聞くよ」 「……今のでなんで僕の機嫌がわかるんですか、郁巳さん」 白衣姿の桧山郁巳は、わずかに僕を振り返り微笑んだ。 「自覚しているかはわからないけど、悩んでいる時ほど顔面の筋肉が強張ってるんだよ。今日は、よほど必死で表情を取り繕わないといけないことがあったんだね」 ハーブティ淹れてくるから、と、郁巳さんは個室のドアを開け、僕だけを先に入れた。 ふかふかの背もたれがあるリクライニングチェアにゆったり腰掛け、そっと目を閉じる。映画館での会話を思い出す。慈しむような瞳が、わずかに赤く染まった首筋が、弾んだ声が、脳裏によぎるたび、僕の感情は醜く暴れる。 「大丈夫かい?」 額に温もりを感じる。目を開くと、郁巳さんの手が乗っていた。 落ち着くなあ。 「早かったですね」 「茶葉を切らしていてね。だから今日はティーパック」 渡されたカップは、ちょうど良い温かさだった。猫舌ではないけれど、じんわりと沁みる熱に心がほぐれていく。 郁巳さんもハーブティをすすりながら、僕が口を開くのを待っているようだった。 心配、というより、僕の心の揺れをじっと観察しているみたいに、まっすぐ僕を見つめている。 一杯目を飲み干し、僕は今日のことを全て話した。 「聖くんて、前に好きだって言っていた子だよね。そっか。辛いね」 「す……きとかは、まだわからないです……。僕、ストレートだし。ただ最近、やたらと感情が昂ぶって」 「それは、どんな時にそうなるの?」 「……!さっ、き、も。」
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