一晩の過ち

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「し、白階(しらがい)…お前、さっき帰っただろ」 「はい、途中で終電に捕まりそうだったんでやっぱり戻ってきました。…小谷主任も泊まりですか?」 「あ、あぁ…」 そりゃ、泊まりになるだろうが… こいつFINEのやり取り見てないよな。いや、でも今の独り言は聞いただろ。 「…それ、手伝いますか?仕事」 「えっ!?や、いいよ。気にすんな、もう終わる」 「…その量がですか?俺、明るいと寝れないんで手伝いますよ」 …いや、ここの狭いソファー使わなくたって仮眠室使えばいいだうが。 俺はこの、白階(しらがい) (けい)という部下がどうにも苦手だった。 入社してまだ一年も経たないのに、仕事も出来るし、顔もよくて…社長に気に入られているという嫉妬心もあるが… 先輩に対して態度がデカイというか…笑った顔見たことないし、不機嫌そうな目がちょっと怖いというか… わざとでもいいから、笑ってくれたらもう少し接しやすいのに。 白階は隣のデスクに鞄を置くと、さっさとノートパソコンを取り出した。 山積みの書類に手を伸ばし、適当に半分ほどさらっていく。 「…これ、主任じゃなくて鬼川(きかわ)さんが受け持ってたやつですよね。何で主任がやってるですか?」 「あぁ…最近、家族の体調が悪いらしくて、心配だから早く帰らせろって」 「…鬼川さん、ご結婚してましたっけ?」 「いや、猫を三匹飼ってる」 「…猫」 呆れたような白階の声に、小谷は仕方がないだろ、と苦笑う。 「すげぇ心配してたし…彼奴にとっても猫にとっても、大事な家族なのは間違いないだろ」 「…主任は優しすぎるんですよ。そのせいで自分は恋人にも会えないって…どうなんですか」 うつ向き加減に白階が吐いた溜め息に、何の話か分からず首を傾げた。 「…は?恋人なんていねぇよ?」 「え…?いえ、だってさっき…『君を抱けないのはちょっと残念』て…違うんですか」 …あ、しまった。 やっぱ見てたか… 普通に接してくるから、てっきり見えなかったのかと… 「い、や…あれは、知り合いが…ふざけて」 「ふざけている文には見えませんでしたが…それに主任、その後言ってましたよね。『抱かれたい』って」 顔から血の気が引いていく。 そうだよな…あんな真後ろにいて聞こえなかった訳がない。 墓穴掘った。 「……全部見てんじゃねぇか」 「主任てゲイだったんですね。…しかもネコですか」 「なッ…だから、なんだよ!お前に、俺の性癖を馬鹿にされる筋合いは、」 「…別に馬鹿になんてしてないですよ。俺…女も男も抱けるんで」 「…はぁ?」 思ってもいなかった言葉に変な声が出る。 こいつは何を考えてるんだ。 「俺バイなんですよ。タチの」 「は、はぁ…」 「……恋人じゃないってことは、セフレですよね。誰でもいいなら、俺が相手しましょうか」 「…あ?はあッ!?」 驚きのあまり椅子ごと転がしてデスクから離れる。 やっぱり馬鹿にしてるんだと思った。 だが、向けられた白階の目はあまりにも鋭くて、冗談を言っているようには見えない。
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