もしもの間違い。

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もしもの間違い。

―――ああ…人って空、飛べたんやなって… 俺は自分の脇をスローモーションですっ飛んで行く不知火を横目に眺めながら おぼろげにそんな事を考える… その間僅か2,3秒… 次の瞬間ドンッ!ズザァァァァ…という音が俺の耳に届き ―――不知火機不時着!そのまま滑走路を滑り    花瓶が飾られているサイドテーブル手前で停止した模様! などと勝手に脳内で管制官の様子が再現され 巨大モニターを前に茫然と立ち尽くす人々の映像が流れ始めたところで 俺はハッとして不知火が飛んで行った方を振り返る。 するとそこにはうつ伏せの状態で、ピクリとも動かない不知火の姿が見え―― 「おっ…おい…不知火…?」 俺はちょっと焦りながら椅子から立ち上り、不知火に駆け寄るが やはり不知火はうつ伏せのまま動かず… それを見た瞬間、俺の脳内で盛大にデデーン!という効果音と共に 『二ノ宮ー!あうとー!』という何とも気の抜けた声が過り―― ―――ヤっちまったな二ノ宮…    いくら俺を助ける為とはいえ…殺人を犯すだなんて…っ! 俺は青ざめたままその場に倒れている不知火を見下ろしながら 無言で立ち尽くす… そこに今しがた不知火をぶん殴った凶器…もとい 分厚い資料を生徒会長の机の上に置きながら 二ノ宮が盛大な溜息と共に俺の方へと振り返ると 呆れたような様子で、俺に向かって口を開いた。 「…ほっときゃいいですってそんなヤツ…  それよりかいちょ!今日コレが終わったら一緒にミタド行きません?  俺…今月出たらしい新作気になってて――」 「ミタドってお前…相変わらず変な略し方するよな…  でも――新作かぁ…いいね。  だったら俺――もうすぐ明後日実施するアンケートの内容まとめ終わるから――  お前はココに転がってるゴミ片しといてよ。  後で好きなドリンク奢ってやるから。」 さっきまでの青ざめた表情は何処へやら… 俺は足元に転がる不知火を軽くつま先で小突くと、誰もが見惚れる程の 爽やかな“生徒会長スマイル”を二ノ宮に向けながら言う。 するとそれを見た二ノ宮の表情が一気にパァッと華やぎ―― 「やったぁ~!かいちょー大好きっ!じゃあ俺、早速このゴミ。捨ててきますね!」 そう言うと二ノ宮は無邪気な笑顔を浮かべ うつ伏せの不知火をひっくり返し、不知火の両脇に両手を突っ込むと マジで捨てに行こうと意識の無い不知火を そのまま後ろ向きにズルズルと引きずりながら生徒会室を後にしようとする。 「気ぃつけてな~。あと誰にも見つかんなよ~」 「りょ~か~い!かいちょーのごいこーに沿うよう  見事このステルスミッションを完遂させ、完全犯罪を成し遂げてみせま~す!」 ビシッ!と、二ノ宮が不知火を引きずりながら 俺に向かって片手で軽く敬礼のポーズをとってみせる。 すると突然、不知火の目がパチッと開き―― 「――オイ…。」 「あ、起きやがった。コイツ。」 両足を床に投げだし、二ノ宮に背後から両脇を抱えられた何とも間抜けな格好で ぶすっとした仏頂面(ぶっちょうづら)を晒しながら 不知火が生徒会長の席についた俺を恨めしそうに見つめる… しかし俺はそんな不知火の姿に この間動画で見た、2,3歳の子供に万歳の姿勢で 苦しそうに抱きかかえられているブサカワなネコの姿を重ねてしまい―― 「ブフッ!…なんだ不知火…、ッ、まだ生きていたのか?  そのまま永眠しとけばよかったのに…ンフッ、」 (たま)らず吹きだしながら言葉を発した俺に 不知火はムッとした表情を見せると、背後で自分の両脇を抱えている二ノ宮の手を ブンブンと身を(よじ)って振り払い、ちょっとむくれながらその口を開いた。 「…何笑ってんだよっ!お前を抱くまでは死なねーよ。バーカ。」 「…お前に抱かれる気なんかねーつってんだろ。バーカ。」 「…Ωのクセにホント、生意気だな。アンタ…」 「…αだっつってんだろ?いい加減マジ耳鼻科行け。この変態。」 「…アンタこそもう一度第二の性別検査をだな――」 「ハ~イ!二人ともそこまで~!」 「「!?」」 急に二ノ宮が笑顔のまま俺と不知火の会話に割って入ったかと思うと 上体だけを起こし、俺の方を見ていた不知火の首に 二ノ宮がスッと後ろから腕を回し、不知火の耳元に自身の唇を寄せながら なにやら不知火に囁きかけ―― 「なぁ~に俺を無視してかいちょーとイチャイチャしてくれちゃってんだよ…?  そんな悪い子には――」 「ッ!?」 二ノ宮は不知火の首に回した腕を、もう片方の腕でグッと固定したこと思うと そのまま不知火の首にチョークスリーパーを仕掛けようとする… しかし―― 「あめーよ。バーカ。」 「なっ、」 二ノ宮の行動を察した不知火が、二ノ宮が首が締め切る前に 姿勢をフッと下げ、その場に寝転ぶようにして二ノ宮の腕の中から脱出すると 即座に反動をつけてその場から飛び起き 身を(ひるがえ)しながら二ノ宮から距離を取る。 そして何故か勝ち誇ったような笑みを俺にむけると大声で―― 「今日の所は引き下がってやるが――  次こそはお前を抱いて俺の番にしてやるから覚悟しとけよっ!一之瀬っ!!」 などと言うアホな捨て台詞を残し あっという間に生徒会室から出て行ってしまい… 後に残された俺と二ノ宮は(しば)し茫然と不知火を見送ったあと 呆れながらその口を開いた… 「――だから…俺はαだって何度言ったら…」 「…アイツ――中学で第二の性について習わなかったんすかね。」 「…だろうな。」 ハハッ…と、俺は乾いた笑みを漏らしながら、二ノ宮に向けそう答える… しかし内心は―― ―――俺はΩからαになった訳だけど…    もし間違ってアイツに抱かれ…(うなじ)を噛まれたりしたら――    一体俺はどうなってしまうんだ…?
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