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第一幕、エピローグ
次の日──厳密にいうととっくに日付が変わっていたので、まだ当日なのだが──日曜、夕方。坂本は盛大に熱を出し、風邪をひいていた。流石に熱まで出したとなれば、あれだけ私の方にベッドで寝ることを勧めていた彼も、大人しくベッドへ入ってくれた。
今度は坂本の方が病人だ。私は「いいから寝てて」と、以前言われたことを返してやるかのように言ってやった。気まずそうに笑う彼に、なんだか少しせいせいしたのは内緒だ。
坂本が自分にそうしたように、私は見様見真似で彼の看病をすることにした。彼がインターネットのレシピを頼りに作ったという、経口補水液を私も作ってみる。
しかしこれは、やっぱりまずい。微妙な甘さとしょっぱさが、ぬるりと溶け合うような味で、なんとも言い難い口当たりの悪さだ。坂本のアドバイス通り、手のひらサイズのボトルに入ったレモン汁とやらを足してみたものの、この水は酸味を足したところで微妙な味だった。弱った身体への水分補給には良いらしいが。
「ごめん、坂本。これすっごいまずいけど、飲める?」
ペットボトルに詰めた手作り経口補水液を渡すと、坂本は赤い顔をしながら笑った。
「ありがとう。俺も昨日作ったから、わかるよ」
そう頷いて水を飲みながら、坂本は「はは。やっぱりまずいな、これ」と微笑んだ。そのボトルを持つ腕には、擦り傷のかさぶたがたくさん付いている。未明の出来事を思い出して、私の胸はじんと痛んだ。それでも、そんな彼が今は私に向けて笑ってくれている。それが私には、たまらなく嬉しかった。
彼の笑顔は、やっぱり陽だまりのように暖かい。けれど、今はもうこの暖かさに寒気なんかは感じない。ただ居心地が良くて、こんなに冷たい私を暖めてくれる。それは焼き付けるような日差しというよりは、暗闇の中で唯一の光をくれる、月のような暖かさだった。
あの晩、私を救ってくれたときの彼の表情は、人を救った英雄のように誇った顔ではなく、ひどく辛そうな泣き顔だったのだ。あの顔を見てから、私もこの人に寄り添いたい、そう思うようになった。そうだ、私はこの人の側に居たいんだ。
この人のために、生きよう。空っぽだった十九年間より、きっと、もっと長いはずであろう私の未来の全てをかけて。絶対に、この人に恩を返そう。衷心より、私はそう誓った。
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