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朝だ。
彩子はムクリと身体を起こした。
隣のベッドでは嶋がスヤスヤと寝息を立てている。
結局夜中に部屋に戻ってきた彼女は、彩子を襲った山田について、「よく言って聞かせたから大丈夫だと思う」と言ったきり、言葉を発しなかった。
あんなにはっきりとした殺意で襲ってきた人間が、“よく言って聞かせた”だけで改心するだろうか。
その話を脇で聞いていた矢野はフッと鼻で笑ったが、それについて言及することはなかった。
嶋がベッドに入り、彩子も目を閉じた時だった
隣の部屋、囚人の寝室から物音がした。
ギシギシと何かが軋む、耳障りな音。
彩子は上体を起こした。
囚人の部屋にいるのは、砂子と――――波多野……?
慌てて立ち上がろうと、ベッドサイドに両足を下ろしたところで、いつから起きていたのかわからないが、矢島がドアを開けた。
「今の音…何?」
彩子は嶋を起こさないように小さな声で囁いた。
「いいから、寝てろ」
言うと、彼は細く開けたドアに身を滑り込ませた。
「出てくんなよ」
彼は言い残すと、看守の寝室を出ていった。
それからもしばらく囚人の寝室からは暴れるような音がしていたが、じきに収まった。
――――砂子……!
両手を合わせて合掌する。
―――無事でいて……。
しばらくして矢島が寝室に戻ってきた。
合掌している彩子を見て、呆れたように息をついた。
「お前は自分のことだけ心配しろって言っただろ」
つまらなそうに言うと、自分のベッドに入った。
「———砂子は?」
小さな声で聴くと、矢島はちらりとこちらを振り返った。
「———いねーよ。そんなやつ」
にやりと笑った顔に全身鳥肌が立つ。
思わず落とした視界に、どこで切ったのか血が滲んだ右手が映る。
やはりこの男も信じられない。
彩子は物音ひとつしなくなった囚人の寝室側の壁を見つめると、布団を頬まで被って寝転がった。
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