プロローグ

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プロローグ

 その日、天才は見た。  歩道橋から、人が落ちる瞬間を。正確に言えば、落ちようとする瞬間を。  明確な意思を持って飛び降りようとした姿を、彼は見た。  「なに、してるんだよ!」  「止められちゃった」  飛び降りようとした人物は、彼の焦ったような顔や声を無視して、つまらなさそうに、むしろ、余計なことをしてくれやがって、とでも言いたそうな表情で肩を竦めた。  彼だって、できることなら関わりたくなかった。 「僕だって、君のことは無視したかったけど。でも、僕がここで無視をしたら、知り合いの女の子を見殺しにしたって世間様からきっと叩かれちゃうもの」  はぁ、と仕方がなさそうに天才はため息を吐く。  彼の皮肉めいた物の言い方に、飛び降りようとしていた少女はいかにも気分を悪くしたように眉を寄せる。  顔を顰めて、引き攣った口角をあげて笑った。  「良いわよね、天才は。それも、生まれた瞬間から将来が確立された選ばれた天才は。案じなくちゃいけない身があるんだもの。無視したら叩かれる名前があるもの。泥を塗れる顔があるんだもの。ところがどう? 私みたいな普通の凡人はさ、案じなくちゃいけない身も、叩かれる名前も、泥を塗れる顔もないの。知ってた? 自殺って、公表されてないものもたくさんあるのよ。自殺してテレビに取り上げられてるような、“自殺の天才”だけが取り上げられてるの。きっと私が死んでも、この辺の一時の騒ぎにしかならないわ」  大仰に手を横に広げながら、歩道橋の手すりに寄りかかりながら少女は忌々しそうに下を走る車と、目の前の天才を一瞥する。  彼は、饒舌に喋る少女を見て、何かを言い返したそうに少女の方を睨みつけたが、すぐに首を小さく横に二度振ってから「そんなこと、聞いてない」と口を開く。  「君は、どうして、死のうとなんかしたの」  「それを聞いてあなたは私のことを助けてくれるの? それは嬉しい。でもきっと無理よ。貴方には理解できないもの」  「質問に答えてよ」  「どうして?」  なかなか口を開かない少女の姿に、彼は苛立たしさを覚えながらも、ニタニタと笑いながら首を傾げた少女の質問に応じる。  「だって君、学校でそんなに目立つような子じゃないだろ。それこそ僕だって、同じクラスだからかろうじて認知しているけれど、クラスが違ったらきっと、君のことなんて僕は知らなかったよ。ああ、悪い意味はないよ、本当にそのまま。実際、僕はほかのクラスの子よく分からないし。でもさ、君って別に一人でいることに苦痛を感じるようなタイプでもないし、それに君は先生方と仲が良いみたいじゃないか。成績も良いし、人との関わり方もバッサリしてるし、こういう言い方は良くないかもしれないけど、君は先生に贔屓されてるし。家庭環境とかバイト? まあ、その辺だったら理解できないから一概に言い切れないけれど……君が、わざわざ飛び降りてしまうほどの悩みを抱えるようなことなんて、あるようには思えないんだよね」  天才は語る。彼は呆れたように肩を竦めながら、面倒くさそうに頬をかきながら、眠たそうな声で語った。  「あら、私貴方と同じ部活だったのだけれど。それも、二年間」  少女は笑った。  少女は嗤う。  「─────────」  私が死ぬ理由は、ただ、それだけ。
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