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「あいつなら今、この生垣の中にいる」
コウスケはゆらりと片手を上げると、そのままからたちを指差した。
からたち。からたちの木。
『からたちの木よ』
不意に彼女の声を、思い出す。
『からたちの木は、その棘で侵入者を防ぐの』
そう彼女が言ったのは、いつだったろう。
『ここに居れば、あれは入ってこられないから』
あれ? あれとは、なに?
彼女の顔が思い出せない。彼女の名前が思い出せない。それなのに、彼女がおびえていたことだけは、はっきりと理解できる。
でもなにに? なにに対して?
「馬鹿だよな」
思い出に被さるように、コウスケがくすくすと笑って言った。
「守るために閉じこもっていても、そこから逃げられなくなるだけなのに」
「コウスケ……」
目の前の友人の、深く暗い瞳を見るうちにひとつ気が付いた。僕は震える声で、呼び掛ける。
「コウスケって字、なんて書くの?」
僕はそれを思い出せない。
浩介? 孝輔? 幸助?
それと、コウスケの苗字は?
そして、そして僕の名は?
僕は誰?
君は? 君の名前は、なに?
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