炎にくべるは夏の向日葵

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 祖父の十三回忌。この村に帰ってきたのはいつ以来だろう。  大学を卒業し、東京で就職して八年。仕事にプライベート。充実した毎日に満足し、帰郷が億劫になっていた。だが、さすがに法事に出ないわけにはいかない。  駅からバスに乗り、さらに歩いて十分。汗だくになって着いた家。  鮮やかな黄色が目に入った。  私の体は強張った。うちの裏に向日葵畑がある。あの日燃えた祖父の宝物がそこにはあった。  両親が植えなおしたのだろうか。いや、そんなことをする人たちではない。では一体誰が。  呆けていると遠くの方に喪服を着た人が見えた。きっと客人だ。  まずい、早く準備をしなくては。  私は急いで玄関扉をくぐった。  世間話をする暇もなく、私は母の指示に従い、お茶出しをしたり、親戚を出迎えたりと、せわしなく動き回った。  来るのは皆、顔見知り。誰々のお母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん。そういった人ばかり。たまに、この村に残って結婚した同級生だったり。  その中で見慣れぬ人物がいた。  背の高い、がっしりとした男性。彼は私に気づくと目を見開く。そして、にっこりと笑い、軽く会釈した。  誰かはわからなかった。だが、見たことのある顔だった。  扇風機を何台も回す部屋の中、お経が上がる。  独特のリズムを聞きながら、ふっと思い出した。彼は井端翔太。あの夏、向日葵畑を燃やした少年だ。  なぜ彼がここにいるのだ。彼の居場所がここにあるはずがない。それに、彼が祖父の葬式に来るなんておかしい。彼は祖父の宝物を奪ったのだ。  私の体は震えた。  彼は皆に馴染んでいた。  法事の後の会食。久々に故郷に帰った私より、はるかに村の人と打ち解けていた。  それが不気味でたまらなかった。  客人が帰り、母とともに片づけをする。私は不自然にならないように尋ねた。 「今日、翔太くん来てたよね?」 「あら、よく気づいたわね」  おしゃべりな母は話し出した。  彼は四年前にこの村に戻ってきた。  農業で生計を立てたい。知っている土地のほうがよかった。  彼はそう言い、村のはずれの小さな家に住み始めた。   あの向日葵畑を燃やした少年が帰ってきた。皆、訝しんだ。逆恨みを恐れた。彼はこの村に復讐しに来たのではないか、と。村人に緊張が走った。  だが、彼は毎日毎日懸命に農業にいそしみ、村人から怪訝な目を向けられながらもけなげに挨拶し、時に困っている人を助けた。  そのうち、彼は村人に受け入れられていった。信頼を得たのだ。 「本当にいい子なのよ」  母が嬉しそうに言った。  皆に認められた彼は、周りの農家たちと協力し、勉強会を開いたり、新たな販売ルートを開拓したりと、村の活性化に力を注いだ。今や彼はこの村になくてはならない存在だ。  村人は皆で相談した。そして、思い切って尋ねた。  誰も責めやしない。本当のことを言ってくれ。向日葵畑を燃やしたのは君か?  彼ははっきり答えた。  違います。 「申し訳ないことをしたわ」  母はうなだれた。  村の皆で謝罪をした。彼はずっと無罪を主張していたのに。だけど彼は首を横に振った。  確かに思うところはあった。だけど、そんな僕に居場所をくれた皆様に感謝します。 「あの時、どうして信じてあげなかったのだろうって情けなくなったわ」  私の心臓はバクバクと音を立てる。母は無邪気に言う。 「あ、そういえば見たわよね?向日葵畑!」 「うん」  私は平静を装い、明るく相槌を打つ。 「あれね、翔太くんが育ててくれてるのよ!」 「え」  絶句した。 「犯人にされて辛かった。でも、大好きな向日葵畑が燃えてしまったのも辛かった、って言ってくれてね、育てさせてくださいって頼まれたの」  その頼みを父も母も快諾した。むしろ、頭を下げた。それはとても嬉しい申し出だった。 「とっても綺麗に咲いているでしょう?きっとおじいちゃんも天国で喜んでるわ」  そして、母は言った。 「でもね、一つだけ気になるのは」    誰が向日葵畑を燃やしたのかしらね。  母の声がセミの音と溶け合い、どこか遠くで聞こえた。私はその場に見合った適当な返事をしたと思う。確かな記憶がないくらい気が動転していた。  向日葵畑を燃やした犯人は彼と私だけが知っている。
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