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真夏にスーツは着るものではない。
太陽光を吸収して熱の塊と化した上着を脇に抱えて、俺は炎天下の下、就職掲示板の前に立つ。夏休みになってからは大学就職部に来る求人もチェックしているが、4年生向けと書かれたコーナーに貼られた求人票は数えるほどだ。
「あ、久しぶり、渡辺」
横に立った学生を見ても、一瞬誰だか分からなかったのは、暑さで意識が朦朧としていたからではない。
「内藤か。髪の色、戻した?」
「ああ。内定出たからさ」
「どこ?」
「地元の銀行」
「まじか。金預けたくねえな、おまえの銀行には」
調子者で、入学当初から髪は茶色、ずっとバンドをやっていた同じ学科の内藤。就活が始まったら髪を黒にして、しばらく地元に帰って活動すると言っていた。
「まあ、とりあえず、おめでとう」
「ありがと。で、お前は?内定は、出てないようだが」
俺の服装を上から下まで眺めながら、遠慮がちに内藤が言う。
「この通り、継続中。持ち駒、なくなったわ」
「そうか。ま、元気出してやっていこうや」
そう言いながら、内藤が近くの自販機に向かう。ガチャコンと2回音がして、右手にはコーラ、左手には水のペットボトルを持って戻ってくる。
「しかし暑いな。ほれ」
内藤は俺に水を渡し、自分はコーラを開ける。半分ほど一気に飲んだところで、
「お前、昔から炭酸とか飲まないよね」
と聞いてきた。
「ああ、それね」
俺は、水を一口だけ飲む。
「昔、水泳教室に通ってたとき、コーチに言われたんだよ。炭酸は骨が溶けるから飲んじゃダメだって」
「なんだそれ。溶けるわけないじゃん」
「そうなんだけど、それ以来、何か炭酸全般飲まなくなって」
「そうか」
そう言って内藤は、残りの黒い液体を一気に飲み干す。
「うまそうに飲むな」
俺は手にした水のペットボトルを眺める。無味無臭の、ただの水分。
「飲みたいものを飲み、内定をとり、髪の色を自在に変えるお前がうらやましいよ」
「そんな大げさに言うことかよ」
自販機の横のゴミ箱に、空になったコーラのペットボトルを捨てに行く。
「この俺が銀行員だぞ。もっと気楽に考えて、何でもやってみればいいんじゃねえの」
「何でもやる、か」
「そうよ。まあ、頑張れや」
そのまま内藤は、サークルに顔出しに行くからと行って、キャンパスの中に消えていった。
俺は自販機の前に立つ。一口分だけ減った水のペットボトルと、熱の塊の上着をコンクリートの地面にそっと置く。ボタンを押し、ICカードをかざすと、ガチャコンとペットボトルが落ちてくる。中では、黒々とした液体が揺れている。
キャップを開けて一口飲む。頭の中で想像していたよりも、甘くて苦かった。
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