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一 鹿児島藩兵の鼻息(三)
大山は、スイカをひょいと慎吾に渡して言った。
「慎吾どんは、こんまま帰いやんせ。何も、東京城ん周りばぐるーっと馬で散歩すっこつもなか」
鹿児島藩兵屯所は城の北西、兵部省は真東、慎吾の邸は南西にあり、省に戻ると東京城をほぼ一周することになる。時刻は四時を回っており、今から帰省しても報告して退出するだけだ。
「山縣さあには、おいが報告ば上げとくで」
「………うん」
年下の従弟は歯切れの悪い調子で応え、スイカをぶら下げたまま馬を引き、踵を返した。巨大なスイカを抱えて馬を引く軍人―――言っては何だが、どことなく滑稽で、それが何となくこの従弟らしくもある。
その丸めた背から、はああ、というため息が聞こえたような気がした。
大山もため息をつきつつ馬に跨り、兵部省へ向かった。
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