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場面八 君と見る夢のかたち(四)
恋人の腕は、泣きたいほどに優しくて。
このところ眠れぬ夜を過ごして心身ともに疲れきっていた有朋は、疲労と安心感とで、少しばかりうとうとしていたようだった。
「山縣さあ」
「………ん」
呼びかけられて、有朋は顔を上げる。すると、額に軽く唇が触れた。久しぶりの感覚が心地よくて、自然に頬が緩む。慎吾は少し腕の力を緩めて頬にも口付けると、わずかに間をおいて、再び唇を重ねてきた。
その時まで、有朋は夢うつつにややぼうっとしていた。唇を重ねても、先刻の触れるだけのそれだと思っていた。だが、ついばむような口付けと同時に、ぬるりとした舌が侵入を試みようとしたのが判って、ハタ、と我に返る。だが、頭がまともに働きだす前にほとんど条件反射的に侵入を許してしまい、好き放題に舌を絡められて貪られ、今度は別の意味で思考が麻痺した。
動物的な情欲が次第に高まって、その衝動のままに恋人の背に手を回し、自らも積極的に求める。
くちゅ、と湿った音がして、背をぞくりと何かが走りぬける。恋人は焦らすような緩やかさで耳元に触れ、首筋に指を滑らせ、それから軍服の襟元に触れた。服に指がかかった瞬間、有朋はハッとした。
「ん………ち………ちいと待てっ」
有朋は慌てて慎吾の肩を押しとどめた。すっかりその気になっていたのを引き剥がされた慎吾は、少し不満そうに口を尖らせる。
「何な」
「こ………ここでは」
息を弾ませつつも、有朋は言った。
「ここでは駄目じゃ」
危うく流されるところだった。
確かに、すぐにでも抱き合ってしまいたいのは有朋とて同じではあったけれど。
さすがに、自邸の応接間でコトに及ぶのは、いくらなんでもマズい。有朋は家人をそれなりに教育していると自負しており、不審な気配を感じれば、すぐにでも主人の安否を確かめにくる。それは有朋の私室であろうと同じだ。
忠実な家人たちは、自邸で見聞きしたことを軽々しく外で漏らしはしないだろうが、それでも、明日からどんな顔をして彼らに主人面であれこれと指示を出せるというのか。
「別に、布団なんぞのうても大丈夫じゃっで」
しれっと言われて、誰がそんな事を問題にしているか、と思わず殴りたくなった。
「あほう、家人に悟られるじゃろうが」
「そげんこつ別に構わん」
「わしが構うんじゃっ」
んー、と慎吾は天井を仰ぐ。
「うちば来っか」
「………状況は変わらんじゃろう」
「うちん家のもんば、おいが一人や二人連れ込んだところで慣れとっで気にもせんし。―――痛っ」
慎吾は、有朋に拳骨で殴られた頭をさすりながら、涙目で言う。
「そげんワガママば言われてん」
「わしの言うちょることの、一体どこがワガママなんじゃ!」
「そいもいかんちこつなら、後はどっかの草むらか、兵部省の書庫辺りしか」
「………!」
そりゃ真面目に言うちょるんか冗談かどっちじゃ!
どっちにしろ許さん、と、有朋は直ちに慎吾をひっぱたいた。
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